Pampelmuse | ナノ
 今日は一時間目から移動教室だったため、私はタケルと二人で視聴覚室に向かっていた。スズネとカゲトラは先生に頼まれた仕事があるらしく先に行ってしまったらしい。思い返してみれば最初はタケルやカゲトラ含む男子と二人きりで行動するのに抵抗があったのに、今ではすっかり慣れてしまった。タケルもカゲトラも兄弟みたいな存在だから恋愛対象として考えたことは全く無かったけど、二人は意外とモテることを私は知っている。そんな彼らと行動を共にしているのに、嫌がらせを受けてないのが奇跡なくらいだ。


「うわ、何あれ」
「え?」

突然タケルが驚いた顔で足を止めたものだから私もそれに釣られて足を止める。どうやら廊下のど真ん中に女の子の集団ができているらしい。その集団が目に入ると私もタケルと同じように目を丸くした。

「何だろう…すごい人だかり」
「あれはアラビスタの制服か。何かあったのかな」
「あ…」

言われてみれば女の子たちは皆アラビスタの制服を着ていて、しかも何ということに私は集団の中心にあるのが何なのか分かってしまったのだ。こんな展開は前にもあったし、そもそもアラビスタの女の子の集団という時点でその原因が何なのかすぐに予想できる。
(あれは……)
できれば気付きたくなかった。頬を染めてキャイキャイ騒ぐ女の子たち、そしてその中には、

「……ミカド、さん…」

見るんじゃなかったと目を逸らした時にはもう遅くて。女の子に囲まれていつものように整った笑みを浮かべるミカドさんは、何だかアイドルみたいに輝いていた。
とりあえず道が塞がれてしまっているし別の道を通って行こうと思ったが、何故かその場から足が動かない。少し前にミカドさんは
「学校で僕に会えるなんて、今日の君はラッキーだね」
だとか何とか言っていたけれど、全くもってラッキーじゃない。学校でミカドさんに会った時は大抵苛々している気がするし。

「ミカドくん!」
「、」

(あれ、今なんか……)
特別声の高い女の子がミカドさんに擦り寄ったのを見て、私は思わず持っていた教科書を握り締めてしまった。

「ミカド様握手して〜」



――うるさい。



(って……)
無意識に心の中で吐いてしまった毒に、私はハッと顔を上げる。
(な、何言ってるんだろ、私…)
おかしい。絶対におかしい。だって別にミカドさんが人気者(主に女子に)なのは出会った当初から分かっていたし、それに嫌悪感を覚えたことはなかったはずだ。ましてや女の子に対してうるさいなんて思ったこと、いや、思うはずがないのに。

「……―― かど、さん」

か細くちっぽけな私の声だけが、ミカドさんに届かずに消えていった。

 私が集団から目を逸らして唇を噛み締めたのに気付いたタケルが「どうしたの?」と聞いてきたけど、何でもないよと適当に誤魔化しておいた。甲高い声の中に紛れているミカドさんの笑い声に、どういうわけかまた腹が立った。


「君、近くで見るとそこそこ美しい顔をしてるね」


(…ちょっとだけ、嬉しかった、のに)

きっとミカドさんは誰にでもあんな風に笑うし、平気で女の子に触るし、美しいとか言いだすし。私だけじゃない。
「お前確か、ミカドのお気に入りだろ」
あんなの嘘だ。シンジさんの勘違いだ。私なんかがミカドさんのお気に入りなわけがない。一瞬でも信じてしまった自分が馬鹿みたいに思えて、余計に腹が立った。


 20140526