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がたん。カイトが私の質問に答えるよりも先に、そんな荒々しい音が耳に響いた。

「カ、カイ――」

驚いてカイトの名前を呼ぼうとした私の声を遮るようにしてカイトの手が私の肩を思いきり掴んだ。あまりに突然のことだったため肩に爪を立てられた痛みすらまともに感じず、投げ捨てられるようにして倒れた椅子に視線を向ける。
そんな私に、カイトはきつく叱るような声で言った。

「こっち見ろよ」
その言葉と同時に、唇に何かが当たって息ができなくなる。柔らかくて生ぬるいもの、それがカイトの唇だと分かった瞬間私はたまらなくなってカイトの胸を強く押した。
「ッん、う…!」
嫌だと言おうと口を開いたはずが、薄く開いた隙間からカイトの舌がぬるりと入り込んできて私の声はカイトの口の中へと消えていく。

(いやだ、嫌だ…!!)
目の前にあるのは、幸せそうでも何でもないカイトの顔だけ。こんなの悲劇以外の何物でもない。タダシとだって、手を繋ぐくらいしかしたことがなかったのに。こんな形で私のファーストキスが奪われるなんて思ってもいなかった。
 ぐちゅぐちゅと卑猥な音がやけに耳についてどうしようもない。口の中がどろどろに溶けていくようで怖かった。さっきと同じくらい強くカイトの胸を押してもカイトは離れてくれなくて泣きそうになる。

「っふ、あ」

時折漏れる自分の吐息にひどい不快感を覚えた。こんなの自分じゃない。そしてこんなの、カイトじゃない。私はこんなの望んでいない。
 目の前の男は、タダシじゃない。


「や、めっ…ん、う、っやめて…!!」

必死にカイトの舌から逃げた一瞬の隙にそう叫ぶ。するとカイトはまるで我に返ったかのように目を見開いて私の肩から手を離した。途端に私はカイトから離れて肩で息をする。
「っ…はぁ、は、」
苦しい。まるで長い時間、水の中にいたみたいだ。口の中は自分のものじゃない唾液が混じって気持ちが悪いし口から溢れた唾液を拭う気にすら慣れない。キッとカイトを睨めば、カイトもまた私を睨むように見つめていた。ひどく悲しそうな目付きに私は思わず体を強張らせる。こんな目、される覚えが無い。

「……カイト…何で、こんなこと
「君の質問には心底答えたくないね」
「! え……?」
「どうして僕が君と付き合ってるか?そんなことも分からないほど君は馬鹿だったのかい」
「っな 何それ、意味分かんない…!こんなことまでして、っ」
「意味が分からないのは君の方だよ」
「!!」

冷たすぎるカイトの声に、私は反論しようとした口をきつく閉じる。
もうカイトは私の顔を見ようとしなかった。馬鹿みたいに冷静な手つきで先ほど倒した椅子を元に戻し、私の横を通り過ぎて去っていこうとする。しかし私は咄嗟にカイトの腕を掴んだ。

「ま、待ってよ…!」

あれだけ無理矢理にキスしておいて「君の質問には心底答えたくないね」だなんてあんまりだ。どう考えても納得がいかない。
振り向きもせずに「まだ何か聞きたいことがあるのかい」と言ったカイトはあまりにも冷めきっていて、いつもなら絶対に声を掛けたくないし関わりたくないようなオーラを出していたけど、それでも私はカイトに言う。

「…カイトの言う通りだよ。カイトが急にモニター室を出て行ったから心配した。だから追いかけてきたのに、」
「……」
「……こんなの……あんまりだよ」

そう言って俯いたと同時に、何とか抑えていた悔し涙がぶわりと溢れ出てくる。みっともないくらいにぼたぼたと落ちて床に染みを作る私の涙に気付いたのか、カイトはゆっくりと振り向いて私を見つめた。それでも何も言ってくれない。
 カイトは私のことが嫌いなのかな。うんきっとそうだ。だって、嫌いでもない限り、


「タダシにでも慰めてもらえば」


――こんなこと、言ったりしない。



 20140324