koiNOtasatutai | ナノ
 じゃり、と音を立てて私は足を止める。少し向こうに、見慣れた青い髪を見つけて思わず体が固まってしまった。

話しかけようと思っても、まるで喉が塞がれてしまったかのように声が出ない。あれ、いつもどうやって話しかけてたっけ。いつもどんな声で、どんな風に、してたんだっけ。ぐるぐると頭の中で考えがまとまらずに、私はその場から動けなくなってしまう。
するとあちらも私に気付いたのか、じっとこちらを見つめていた。

「あ……」

(…行かなきゃ)
そう心の中で呟くと、自然と足が動いてくれる。どきどきと緊張感に煽られながら、私は彼の前に立った。


「……カイト…」
「…話があるんだろ」
「…うん」
「……タダシとはもう、話したのかい。それと、アイツとも」
「……うん」

カイトの質問にただただ小さく頷けば、カイトは私の言葉を待っているようだった。私は恐る恐るカイトを見上げて、その落ち着いた緑色の瞳に視線を合わせる。カイトの表情はあまりに落ち着きすぎていて、すごく、不安になった。昨日のウォータイムでの出来事が、鮮明に思い出されてしまう。

「……ぁ…」
目の前で行われた"ロスト"がまた頭を過って、思わず俯いてしまった。すると、カイトがゆっくりと私の髪に触れて、言う。

「なんで君が泣くの」
「っ……泣いて、ないよ」
「泣いてるよ。…顔に書いてある」

涙すら流れていないものの、どうやら私の気持ちはカイトにばれているらしい。私の髪で遊ぶように指をくねらせていたカイトがその手を離し、私を見つめた。あまりに重たい視線だった。
私は涙が零れないように堪えながら口を開く。震えた手でカイトの手をそっと握れば、カイトは驚いたように目を丸くした。

「…私が弱いせいで、カイトの手を汚すことになった」
「…ロストを人殺しみたいに言わないでよ」
「意味のないロストは…人殺しと、同じだよ。きっとそれと同じくらい、罪深くて、悲しいことだよ」
「……名前」
「!」

急に腕を掴まれて引き寄せられたかと思えば、そのまま背中にカイトの手が回って優しく抱きしめられた。私は突然のことに頭が回らず、混乱状態のままカイトの胸に顔を埋める。ふわりと香った匂いは、紛れもないカイトのものだ。それだけで涙が溢れそうになった。

「僕は、意味のないロストだとは思ってないけど」
「え……?」
「名前を守ることができた。そうだろ」
「っ…それは……」

だけど、でも、私を守ったせいでカイトは彼女をロストさせることになってしまった。その現実を自分に突き立てただけで今にも涙が溢れてしまいそうになり、私は思わず俯いてしまう。するとカイトはまるで私を守るかのように私の頭に顔を埋めてから、掠れた声で言った。

「……エスケープスタンスを取れなんて言って、悪かった」
「!……え…?」
「名前がアイツに負けると思ったからあんな命令をしたんじゃない。……怖かったんだ」

すっ、と背中に回されていた手が離れていって、今度は両手を強く握られる。触れてはじめて分かった。カイトの手は、微かに震えていた。その恐怖を私に分からせるかのように、強く強く握られる。私はただ唖然とカイトを見上げた。

「一緒に、いられなくなったら」
「…!」
「考えるだけで怖くなった。だから、咄嗟に名前を確実に安全な状態にしたかった」
「…そんな……」
「笑えるだろ。この僕が」
「、」
「三対一で戦況を有利にすることより、好きな人を守ることを優先したんだ」

カイトは自分を嘲笑うような笑みを浮かべ、私から離れていく。私は何も言えず、カイトの制服をまた掴もうと手を伸ばすことすらできなかった。
(カイトは……カイトはこんなにも、私を、)
私のすぐ目の前に立つカイトを見つめながら、私は力任せにスカートの裾を握り締める。ずっと感じてきた後悔が、また胸をひどく痛めつけた。
カイトとの関係なんて、すぐに終わらせたいと思っていた。中途半端な気持ちのままカイトに接して、挙句の果てに八つ当たりだって沢山したんだ。それなのにカイトは、私を好きになってくれた。こんな私を、守ってくれた。優しい笑顔を見せてくれたこともあった。

そんなカイトに、私は嘘を付いたんだ。最低な嘘を。


「……ごめん、なさい…」
「!」
「ごめん、ごめんなさい、ごめんなさいカイト」

私は真っ直ぐカイトを見つめて、涙を流しながら何度も何度も謝った。カイトは驚いたように目を丸くしてポケットからハンカチを取り出す。焦った手つきで私の涙を拭うカイトのハンカチからは、また、優しい匂いが漂った。

「名前、何で泣いて…ていうかごめんって、なんで」
「カイトが好き」
「………は……?」

カイトの手からハンカチが落ちる。私は、自分の手で乱暴に涙を拭いながらもう一度、馬鹿みたいに大きな声でカイトに伝えた。

「カイトが、誰よりも、大好きなの」
「、」
「私もカイトと…ずっと、ずっと一緒にいたい!終わりになんてしたくないよ…!!」
「……名前」
「ごめんなさい、嘘付いて、傷付けてごめんなさい…!私、ずっとカイトと
「名前」
「っえ、あ…!」

言い終えるよりも先にカイトが私の手を引っ張って、そのまま強く抱きしめる。じんわりとまたカイトの体温が伝わってきて、顔がすごく熱くなった。カイトは私の存在を確かめるかのように、ぎゅうっと腕に力を込める。

「僕は、これからもたくさん君を傷付けるよ」
「……うん」
「数えきれないくらい、泣かせるかもしれない」
「…うん」
「理不尽だし無愛想で不器用で、嫌われ者だ」
「いいよ、それでも」
「……後悔…するよ、きっと」
「そうしたらまた、何度でもやり直せばいいよ」
「…馬鹿だね、君」

そう言ったカイトに笑いかけようと顔を上げれば、甘くて痺れるくらいのキスが降り注いできた。
カイトのキスはいつも少し不器用で、だけどそれは私も同じで。だからこそ余計に愛しくなるし、もっともっとカイトのことが好きになる。くちゅ、と卑猥な音を立てながらカイトの舌が私の舌を舐め上げた。びりびりと爪先が痺れるような感覚に溺れて、思わず声が漏れる。
(好き、大好き、カイト)
カイトの全部を受け止めたくて、全部を愛してしまいたくて、必死にカイトの制服を握り締めればどちらのものか分からない唾液の糸を引きながらカイトの唇が離れていった。

「っは、ぁ……」
「…名前、」

もたれ掛かるようにカイトに体重を掛ければ、ぽんぽんと優しく背中を叩かれて私はカイトと目を合わせる。その顔を見て、私は、目を丸くした。


「ありがとう」


そこにあったのは、心から嬉しそうに笑うカイトの笑顔。
私はそれを見た途端にまた涙を溢れさせて、だけど、カイトに負けないくらい満面の笑みを浮かべた。ブンタにはもう泣かないって言っちゃったけど、これはね、違うの。これは……嬉し涙だから。
(ごめんね、ブンタ)
せめてこの涙は、許してくれないかな。二人で笑い合いながら寮に戻った私たちを、祝福してはくれないかな。また、タダシとブンタとカイトと私で、色んなところに行きたいよ。言い合いになって喧嘩したり、仲直りして前よりもっと仲良くなって、そして言うんだ。今日もウォータイム頑張ろう、って。

そんなことを考えながら、思いっきりカイトの胸に飛び込んだ。



「それじゃあ"やり直し"の一回目、始めようか」
「うん」
「僕と、付き合って下さい」
「喜んで!」




恋の他殺体





 20141227 END