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 タダシとの話を終えて寮に戻ると、ダック荘にはもうたくさんの生徒が帰って来ていた。その中にはもちろんブンタもいて、私はブンタに声を掛ける。どうやらブンタは私とタダシが一緒に帰って来たことに驚いたのか、目を丸くしながら私に言った。

「名前…タダシと、話してたのか?」
「うん。……全部、終わらせてきた」

私がそう言って柔らかく笑うと、ブンタは未だに驚きを隠せないようだ。
「大丈夫か…?」
と言いながら顔を上げ、心配そうに私を見る。

「大丈夫だよ、でも……」
すう、と息を吸い込んで、私はブンタを見つめ返した。タダシとのことは全部終わって、すっきりさせた。だけどひとつだけ、出来なかったことがあるの。

「…ごめんね、ブンタ」
「え……?」
「私、タダシのこと……どうしても、責められないや」
「!」

あの日、ブンタが私に言ったこと。
タダシのことを責めてほしいって、言ったこと。

「……できなかった」
「名前!!」
「っ、…!?」

私が思わず肩を落とすと、ブンタが大きな声で私を呼ぶ。それにびっくりしてまた肩に力を入れれば、ブンタは何だかすっきりした顔で笑っていた。

「ブン……」
「もう、」
「え…?」
「もう名前が…辛くて悲しくて泣くことなんて、ないよな」
「…!……ブンタ…」

うん、と小さく頷けば、ブンタは安心したように笑って私の手を握ってくれた。

「なら俺はもう十分だ」

また与えられた優しさに、今度は胸が温かくなる。私もちゃんと、優しさを与える側になれるかな。ブンタが私にしてくれたみたいに、私も、ブンタだけじゃなくてタダシにも、そしてカイトにも。私が大切に思う人達みんなに与えていきたい。そんなことを想いながら、強く、ブンタの手を握り返した。


「ねえブンタ」
「ん?なんだ?」
「カイトって、もう帰って来てるかな」
「! ……あー…カイトなら……」

ブンタが何やら言いにくそうに視線を落とす。それを見て首を傾げた私に、ブンタは困ったような顔で小さく言った。

「疲れたから、寝るって…さっき部屋に戻ったんだ」
「…、…そっか…」
「俺、あんまり首突っ込んじゃいけないかと思って聞かなかったけど……カイトはきっと、名前に一番、会いたいと思う」
「………」
「明日、俺がカイトを朝一でかもめ公園の方まで呼び出すからさ。ちゃんと二人で…」
「あ、朝一は駄目…!」
「え?」
「行かなきゃいけない所が……会わなきゃいけない人が、いるから」

私が焦りながらそう言うと、ブンタも大体察したのか「そっか」と言って時間を考え直してくれた。

「じゃあ、朝食の三十分前に」
「うん…ありがとう、ブンタ」


そうして約束を交わし、ブンタは男子寮へと入っていく。私をそれを見送りながら、薄く息を吐いた。
(明日………)
緊張と、不安と、安心。たくさんの感情が胸をいっぱいにした。


『人のために"怒る"っていう気持ち』

『"そばにいたい。守りたい。笑顔でいてほしい。離れていってほしくない"』

『全部、名前が教えてくれた』



「っ……」

あの時の言葉が、今でもはっきりと、何ひとつ変わらずに耳に残っている。
私だって同じだった。色んなことをカイトに教えてもらったんだ。最初はあんなに嫌だったのに、いつの間にかこんなに好きになっていて。カイトが私にくれた言葉、今なら何だって思い出せるような気がした。冷たい言葉も態度も、優しくて泣きたくなるくらい嬉しかった言葉も態度も、何もかもが"幸せ"だったんだ。


『今、幸せかい?』


(私は……っ)
ぎゅっと制服のスカートを握り締めて、俯いた。


 本当は今すぐ貴方に会って、言いたいことがある。貴方にしか言えないことがある。貴方と、したかったことがある。私はまだ、心から嬉しそうに笑う貴方の顔を見たことがないんだよ。

(ねえ、早く、会いたいよ)



 20141225