koiNOtasatutai | ナノ
「ッ―――カイトやめて!!!」


 コントロールポッドの中で、初めて涙を流した。初めてこんなに掠れた大声を出した。操縦桿を壊れるくらいに強く握り締めながら俯けば、涙がぼたぼたと床に落ちる。頭の中が真っ白になって何も考えられずにいると、そんな私に追い打ちをかけるようにしてウォータイム終了のアナウンスが流れた。
彼女の、最後のウォータイムが終わった合図だった。








 遡ること数時間前。体調も良くなり学校に来た私に一番に声をかけてきたのはブンタだった。

「名前!具合はもう大丈夫なのか?」
「あ…うん、大丈夫だよ。ありがとうブンタ」

一昨日のことがあったからか、ブンタには余計に心配させてしまったようだ。それもそうだろう。私の言葉に「ホントか?」と念を押して聞いてきたブンタに笑顔を見せれば、安心したのかブンタは肩から力を抜いて胸を撫で下ろした。

「良かった…」
「ごめんね……色々と、心配かけて」
「気にすんなって!それより俺の方こそ、一昨日は……ごめん」
「ううん、ブンタは悪くない」
「っ……俺は、もう…嘘なんか付かないから」
「!」
「名前も、自分の気持ちにだけは…」
「分かってるよ、ブンタ」

え、と驚いたように顔を上げたブンタに、私は控えめな笑顔ではっきりと言う。
ねえブンタ、私ね、ちゃんと決めたんだ。自分にも、誰にも嘘なんて付いてない。今私が、どうしたいのかを。誰と一緒にいたいのかを。

「もう大丈夫」

ごめんね、ありがとう。私はまた、心の中でブンタにそう言った。



 ホームルームが始まると早速美都先生から今日のウォータイムでの作戦を伝えられた。今日は特に大きな任務はないため、各小隊ごとにそれぞれ見張りをしろとのこと。その中は第五小隊も入っていた。数日ぶりのウォータイムだから、私は張り切っていたのだ。

ウォータイムの時間になり私たちは走ってコントロールポッドへと向かう。次々と各国の生徒がウォータイムへの準備を進める中、私もいつものようにコントロールポッドへと乗り込んでウォータイム開始のアナウンスを聞いていた。


"ウォータイム開始まで、5、4、3、2、1………――ウォータイム開始"



 その言葉を合図にブンタがクラフトキャリアで私たちのLBXを作戦ポイントまで運んだ。私たちは順々にクラフトキャリアを降り、セカンドワールドの地面を踏む。そして隊長であるカイトの指示を待っていた時、異変が起きた。

『カイト、タダシ、名前!そっちに一体のLBXが向かってるぞ!』
『一体?ジェノックの機体じゃないのか』
『違う、ロシウスの機体だ』
『!!』

通信で会話をするタダシとブンタの間を割って入ったのは、荒々しいカイトの声だった。

『名前、すぐにエスケープスタンスを取れ!』

私は目を丸くして、敵に向かっていこうとした手を止める。カイトが何を言っているのか理解できなかった。

「な、何言って…」
『いいから早く!!』

こっちに向かってくるLBXの正体も、カイトがそんなに焦っている理由も分からずに顔を顰める。そんな突然すぎる指示を聞き入れることは難しく、私は操縦桿を握り締めたまま固まった。しかしすぐに、コントロールポッド内に聞き覚えのある声が響く。私は耳を疑った。

『今日は随分と暇そうね』
「!! っ……なんで…」

 一番聞きたくない、あの子の声だった。
私は思わず彼女から距離を取って身構える。少しだけ、カイトの言った意味が分かったような気がして私は怒りを覚えた。
(この子が攻撃してくるから…逃げろ、ってこと……?)

「…わざわざロストさせに来たの?」
『そう思う?』
「そうとしか思えないよ」

私と彼女の会話を、きっとカイトもブンタもタダシも聞いているだろう。だけど誰も何も言おうとしない。だから余計に私たちの間には重苦しい空気が続いた。お互いに、警戒態勢を取ったまま。

『そっかぁ、じゃあ教えてあげるね………――大正解だよ!!』
「!!?」

彼女が先に動いた。振り翳した武器はおそらく相当強い武器。それだけで彼女が本気だということが分かり私は素早く後方に逃げる。それと同時にタダシが私の前に出た。それに驚き私は目を見開く。

「タダシ……?」
『これ以上…好き勝手させてたまるか…!』

タダシはそう言うと走って彼女に突っ込んで行った。いつもは両手銃を使っているはずのタダシが剣に持ち替えて彼女の機体に一撃を食らわす。彼女もその行動に驚いたのか、声にならない声を漏らした。

『っ…へえ……タダシは、あたしのこと裏切るんだぁ…』
『名前をロストさせたら俺は迷わずお前をロストさせる、それだけだ!!』
『じゃああたしがタダシをロストさせようとしたら…どうする?』
「!!」

あの子が、一瞬、私を見て笑ったような気がして私は思わず手を止める。その瞬間、彼女は小さく「なぁんてね」と呟いて私にまた矛先を向けた。そして今度は、本気で私をロストさせようと武器を振り下ろす。私は突然のことに動けず、ただただ振り下ろされる武器越しに彼女の機体を見つめた。時間が、止まってしまったみたいだ。


『名前!!!』
「………!」

俯きかけた顔を上げると、目の前にはカイトの機体に動きを封じられた彼女の機体があった。止まったように見えたんじゃない、カイトが、彼女を止めてくれたんだとすぐに理解する。

「カイト、何で……」

一歩間違えればカイトが危険な目に合っていたかもしれない。だけどそれと同様に、一秒遅れれば私はロストさせられていた。
(カイトが…助けて、くれた)

動揺と焦りで胸が一杯になる中、私の目の前で彼女の機体の首元を強く締め付けたカイトが静かな声で言う。

『一つだけ、教えてあげるよ』
『な……!』
『君がどんなに頑張っても、どんなに強い武器を持っても、名前に勝てるわけがない』
『っふざけるな!!あたしは…こんな甘っちょろい女とは違う…!!』
『ああ違うさ。名前も君みたいな弱い人間とは違う』

ぐ、とカイトが彼女の機体に強く圧力を掛けた。それを見て私は嫌な予感を感じてしまう。(まさかカイトは……)
カイトの顔は見えないが、その操作の仕方には明らかにいつものカイトとは違う何かを感じた。間違いない。カイトは、彼女を、


「カイ、ト……?」


彼女を、ロストさせようとしている。


『昨日君が言ったこと、多分、正解だよ』
『は……何が、』
『人のために"怒る"っていう気持ち』
『!!』
『"そばにいたい。守りたい。笑顔でいてほしい。離れていってほしくない"』
『……っ…』
『全部、名前が教えてくれた』
「…!」

カイトの言葉に、私はぎゅっと操縦桿を握り締めた。胸が締め付けられるように痛くなって、唇を噛む。
 カイトは普段、どこか冷めていて無愛想であまり人から好かれるようなタイプではない。それなのに私が泣いていたら泣き止むまで隣に居てくれて、私のために、慣れないことをたくさんしてくれた。冷たいのに、不器用なのに、たくさん優しくしてくれた。私がカイトに教えたんじゃない。

「っ、う……」

カイトが、私に教えてくれたんだ。私を、助けてくれたんだ。

『もう一度聞くけど』
『…ぁ……』

きっと、彼女は泣いているのだろう。涙ぐんだ声が聞こえて、私はバッと顔を上げる。カイトが彼女の機体の首を捻るように力を加えているせいで小さく火花が飛んでいた。みしみしと嫌な音が聞こえる。彼女の機体が、今まさに、カイトの手によって引きちぎられようとしているのだ。

「や、やめ……!」
『近付くな、名前!』

タダシに怒鳴られてカイトを止めようとした手が止まる。私は震えた手で、届くはずのないカイトに手を伸ばした。
(だめ、だめだよカイト、駄目――…!!)



『今、幸せかい?』
「ッ―――カイトやめて!!!」



 瞬間、言葉ではとても言い表せないような音が響き渡り、彼女の機体がロストした。
私は涙を拭うことすら忘れ、ただただウォータイムが終わるのを待つことしかできない。

(あれ…、わたし………)


 私はこんなにも、弱かったっけ。



 20141224