koiNOtasatutai | ナノ
「………」


 目覚ましが無くても自然と起きられるようになったのはいつからだろうか。ふと目を覚まして時計を見ればいつもと同じ時間帯で、僕はゆっくりと起き上がる。
(……朝、か…)
名前に振られて一日が経った朝は、あまり良いものではなくて。まだハッキリと耳に残っている名前の声に手が少し震えた。ああ、そういえば、

『好きになれなくてごめんね』

あの時の名前の声も、震えてた、な。







 いつもより随分と早い時間に教室に着くと、当たり前だがまだ誰も来ていなかった。僕はスタスタと自分の席に向かい、鞄を置いて腰を下ろす。時計の音がやけに響く中、無意識にCCMへと手を伸ばした。
(…落ち着かない)
何かをしていないと頭の中が余計なことで一杯になって、苦しくなる。名前は僕を好きにならなかった。本当は心のどこかで期待していたし、それを現実にするためなら何でもするつもりでいた。だけど不器用で無愛想な自分は結局名前を傷付けるばかりで、素直に「一緒にいたい」と言えた時にはもう全てが手遅れだったんだろう。

 あまりの静かさに気が滅入ってしまいそうな時だった。控えめにドアが開く音がして顔を上げれば、タダシが教室に入ってきて思いきり目が合ってしまう。

「……おはよう」

視線を逸らそうとした僕に小さくそう言ったタダシに、僕も小さく「おはよう」と返した。僕らはそれ以上言葉を交わすわけでもなく、僕とタダシしかいない教室にはひどく重苦しい沈黙が流れる。
 タダシのその華奢な背中を、名前はまだ愛しいと思っているだろうか。そんなことを考えながら勝手にイラついて視線をずらす。すると、タダシの静かな声が沈黙を破った。

「カイト」
「…何」
「………名前とはまだ、付き合ってるのか?」
「、」

その質問が、僕を見つめた目が、まるで名前に振られた時の僕に似ている気がしてしまって。なんで君がそんな顔をするんだ。なんで君が、そんな風に名前のことを気にするんだ。だって君は名前を振ったじゃないか。君は振って、僕は振られたのに、どうして僕みたいな顔をする。

「っ……」

頭の中でごちゃごちゃ考えるうちに物凄く腹が立って、思わずタダシの胸倉を掴み上げた。タダシが苦しそうに顔を歪めて僕を見る。

「…何が悲しいんだ」
「……!」
「何が辛くて、なにがそんなに悲しいんだよ…!!」

ぎりぎりとタダシの制服を握り締めて爪を立てて、その情けない顔をこれでもかと睨みつけた。でもきっと、僕も同じだ。

「……名前のこと…」
「!」
「好きで、ずっと大切にしてきた。何よりも誰よりも一番で、…俺、は……」

タダシの肩が小さく震える。口を閉じ、きつく唇を噛み締めて顔を歪めたタダシの胸倉を掴む手から少しだけ力を抜いて、僕は薄く笑った。笑ったのに、口元が震えるのが自分でも分かる。

「僕にとっては、これ以上になくありがたい話だったよ」
「…え……」
「放課後、たまたま校門の陰で脅されてる君を見てすぐに理解した。だから僕も名前を脅したんだ」
「…!!」
「遊びで良い、本気にならなくて良いから僕と付き合えって」

まあ結果は振られたけどね、と自分で言って悲しくなった。こんな気持ちは初めてだった。

「なあ、タダシ」

僕はゆっくりとタダシの胸倉から手を離し、真っ直ぐにタダシを見つめる。
初めて名前に特別な感情を抱いた時、初めて名前を好きだと自覚した時、この恋はどうせ叶わぬものと思っていた。タダシと名前が二人で笑っているのを見ながら、恋なんてくだらないものだと自分を慰めて、名前を好きな自分を殺してきたのだ。
(……だけど)

『もう、別れよう』

そんな僕と名前が付き合っていたという事実が、ずっと願っていたことが現実になってしまったという事実がある。あんなに遠かった名前が、ついこの前までこの手を握っていてくれた。だからこそ、目の前にあるものを見逃せなくて。また脅してしまえば良い、そんな風に思ってしまう自分がいて。
 僕は器用な人間なんかじゃないから。

(ああ、そうか、どうしてタダシがあんな顔をしていたのか……)


「……僕は―――」










 あれからすぐにクラスメイトたちが教室に入って来て、流れるようにホームルームが始まった。静かすぎた教室が一気に騒がしくなる中で、名前が学校を休んだことを知らされる。名前が学校を休むのは、初めてのことだった。
僕はぽつんと寂しく空いた名前の机をぼんやりと見つめながら、先ほどタダシに向けた言葉を思い出す。



『僕は名前が好きだから』


タダシもきっと、僕と同じように器用な人間ではないのだ。


 20141214