koiNOtasatutai | ナノ
※ブンタ視点




「はぁ〜やっと終わった…」

 時計が十二時を指した頃、ようやく小隊全員分のメンテナンスが終わって俺は椅子の背もたれに思いきり体重を掛けた。
最近色んなことがあって、色んなことを知って、色んなことを隠して。そこまで頭がよくない俺にとっては混乱するし動揺するしで散々な日々が続いている。そんな中で俺たち第五小隊は戦っているわけだけど、それにしてはウォータイムでの皆の活躍が今まで通りすぎて少し怖くなったりもした。
(まあやられる時はやられるけど……)

きっと皆、相当無理をしているんだろう。自分のせいでジェノックの成績を下げるわけにいかないからどんなに悩んでいようがどんなに苦しんでいようがウォータイムでは全部忘れてキチンと自分の任務をこなす。それは俺も同じだった。

(……でも)

 これからどうすれば良いのか、この問題をどうやって解決すべきなのか。俺はそれを考えようとして、やめた。考えるだけ無駄だと思ったわけじゃない。
……きっと、考えるだけ、名前をもっと傷付けてしまうんじゃないかと怖くなったから。




 もう余計なことは考えずに、いざ寝ようと思った矢先のことだ。急に喉が渇いて、俺は思わず「はぁ」と溜め息をもらす。何だかトイレにも行きたくなってきた。せっかく寝ようと思ってたのに。
俺は重い体を起こして部屋を出た。たまにぎしぎしと音を鳴らす床に「うるさいぞ」と言いたくなったり、窓の外にふと見えた真っ暗な世界に見惚れてしまったり。夜は、何となく嫌いじゃないと感じた。

 ぎしり、と床がまた小さく音を立てて俺は思わず足を止める。今のは俺の足元から聞こえたものではなかった。気のせいかそうではないか確かめるために音の聞こえた方へ視線を向けると、電気が消されて真っ暗なはずの談話室に、ぽつりと寂しい明かりが見える。(誰だ……?)
無暗に声を掛けるのは気が引けたから恐る恐る静かに近寄ってみると、談話室のテーブルに顔を伏せている人物がいた。一瞬驚いたものの、よく見てみるとそれは俺のよく知っているヤツだった。


「………名前…?」


瞬間、びくりと肩を震わせて顔を上げたのはやっぱり名前。しかしその顔はあまりにも疲れきっているというか、頬にはうっすらと涙の跡すら見えてしまって、声を掛けてはいけなかったかもしれないと自分を叱る。

「ど、どうしたんだ?具合でも……」

まるで腫れものに触るかのような態度だということは自分でも分かった。だけど、だって、

「……あ………」

わずかな明かりが照らしている名前の顔は、決して良いものではない。唇を噛み締めながら俺をきつく睨み付け、小さい手を痛いくらいに握り締めている。何が起きたのか、名前に何が起こっているのか理解できずに一歩だけ足を進めると名前が細く弱弱しい声で言った。

「…ブンタが言ってた"理由"って、こんな、ひどいものだったんだね」
「……!!」

ぐらりとした感覚と共に、名前の顔がよく見えなくなる。
名前の言葉を聞いて俺はすぐに理解した。名前は俺やカイト、そしてタダシが隠していたはずのことを、全部知ったんだ。でも、何で。どうして、誰から?次々と溢れてくる疑問にまた頭が混乱してしまう。
(まさかカイトが…?)
いや、それはない。だったら誰が……

「っ……俺、は…」

必死に考えた末、俺の口から出た声はひどく震えていた。

「…俺は名前とタダシのこと、大好きだった。二人が笑いながらふざけ合って、二人ともすんごい優しくて……ずっと、応援してた、だからこそ…タダシが俺に相談してきた時に、何も言えなかったんだ……」
「……」
「お、俺には…あまりに責任が重すぎて……タダシの思うようにすれば良いってことしか、言えなかった」

頭に浮かぶのは、何よりも、悔しいという気持ちだった。
俺はどうしたらいいのか分からない、名前を守るために突き離すことしかできないんだと、俺にそう言ったタダシの顔は本当に悲しそうだったのを今でもハッキリと覚えてる。だから、せめて何か力になれないか自分なりに考えた。
タダシが結局名前を突き離したと知った時、焦りに似た何かを感じた。俺は二人にずっと笑顔でいて欲しくて、そのためには二人が"二人で"幸せになるべきだと思って。それなのに名前は知らないうちにカイトと付き合っちゃうし、タダシはロシウスの女子に怯えて名前と距離を置いてるし、もうこのままじゃ名前とタダシの仲は取り返しがつかなくなってしまう。そんな焦りを感じた俺は、何度も名前にこのことを打ち明けようと決心したんだ。

――だけど。


「っ…ごめん……ごめんな、ごめん、名前…」


 俺は怖かった。
タダシが脅されていること、本当はまだ名前に想いを寄せていること。全部知っていたのにずっと名前にそれを隠して知らんぷりして、名前を心配することしかしなかった。それがどれだけ酷いことか自分が一番よく分かってる。
そして、それを名前が知った時に俺に対してどんな感情を抱くのかも、自分が一番よく分かっていた。


「ひどいよ…ひどい、何で…っなんでこんな……ひどいよ…!!」

痛々しい声で鳴き叫ぶ名前は、やっぱり、俺の予想通りだ。
きっともう俺のことを嫌いになってしまった。もうあんな風に笑い掛けてくれないかもしれない。俺は、名前に嫌われるのが怖くて何も教えてやれなかった。
(……最低だ)

「ねえ、わたし、どうしたらいいの…何を信じればいいの?ねえ、ブンタ教えてよ…!!」

こんな名前は見たことがなくて、俺は混乱していた。名前はいつだって穏やかで強くて優しくて、自分が傷付いてもそれを隠して笑って、俺はそれが少しだけ心配だったんだ。こんなにボロボロになるまで一人で溜めこんでしまうところがあるから。

「……名前」

その名前が今、こうして俺に、最低な俺に涙を見せている。やり場のない怒りと悲しみを俺にぶつけている。それがどういうことなのか、分からないほど呑気ではない。

「…本当に、ごめん」

未だに泣き続ける名前を見つめながら、俺は深く頭を下げた。名前が望むなら土下座だって何だってする。だからもう、
(俺は、もうこんな思い……沢山だ)


「……落ち着いたらで、いいから………タダシのこと、責めてやってくれないか」
「………!」
「ちゃんと話して、それで……もう、泣くことなんてないように、」


全部、終わらせてほしいんだ。


 20141210