koiNOtasatutai | ナノ
「名前」

 どうやら私はあのまま眠ってしまったらしく、突然耳に入ってきた誰かの声で目を覚ました。
一瞬ここがどこだか分からずにキョロキョロと視線を泳がせたが、すぐに保健室に来ていたのだと思い出す。少しぼやけた視界に違和感を感じて何度か瞬きを繰り返すと、カーテンの向こうからまた名前を呼ばれた。

「名前」
「!……は、はい」

寝起きのせいで頭が上手く回らずに、つい敬語になってしまう。ぎこちない私の応答を合図に、声の主であろう白い手が控えめにカーテンを開けて顔を覗かせた。と、その瞬間、私は思わず目を見開く。

「……カイト…」
「具合が悪いならそう言ってくれれば良いのに」

大丈夫?とかそういう言葉よりも先に文句を言うところがとてもカイトらしい。それと、何の前触れもなくカーテンを開けるところも。
私は「ごめんね、もう大丈夫」と言って笑い飛ばしてしまいたいのに、手が震えて、何も言えなかった。ぐるぐると色んな感情が混ざり合って気持ち悪い。相変わらずの表情で私を見つめるカイトの視線にすら、どうしようもない不安を覚えた。

 カイトは、知っていたんだ。知っていたのに、何も言わずに私の隣にいた。たくさん私を慰めて、支えてくれていた。でも、それって、

「………よ、」
「…え?」

それって一番、

「ずるいよ、カイト」

一番、残酷だったんじゃないの。
私の気持ちも、状況も全部知ってて私を……私のことを、

「……名前、」
「触らないで」

伸びてきたカイトの手から逃げるように、私は肩を揺らす。さっきとは違い、驚くように目を開いたカイトと目が合った。私はそんなカイトから目を逸らして、顔を伏せて、きつく布団を握り締める。
「っ……」
(カイトは、私を……私の心も頭も全部、"カイト"で一杯にした)

「もう……」
「、」
「別れよう、…終わりにしよう」
「……それ…本気で言ってるのかい」

シンと静まり返った保健室。カイトが真っ直ぐに私を見つめているのは、目を逸らしていても分かった。あまりにも真剣すぎるその視線に、また涙が滲み出る。

「…本気じゃなかったら…どうするの」
「一緒にいたい」
「……!!」

 ――どうして。どうしてそんな顔で、そんなこと言うの?

「っ…私が…」
(どうして、)
「私が、タダシの"弱さ"に守られて生かされてる人間だったとしても…?」
「!! ……何でそれ、」
「ロシウスの子から聞いたの。タダシを脅して、タダシと付き合ってる女の子に。…私はタダシに守られて、生かされてるってこと。私と別れてあの子と付き合う代わりに、私には手を出さないって約束してること、全部」
「……っ…」

カイトは何も言わなかった。多分、何も言えなかったんだと思う。

「もう、終わりにしよう」

私はもう一度そう口にして、無理に笑った。自分でも怖いくらいに震えた声。




「好きになれなくてごめんね」


それは私が今までについた嘘の中で、一番虚しい嘘だった。


 20141125