koiNOtasatutai | ナノ
「次、移動だよ」

 突然聞こえたカイトの声に、私はハッと顔を上げる。あれから一人で考えこんでるうちにホームルームが終わり、次の授業が始まろうとしていた。

「…聞こえてる?」
「あ……うん」

急いで教科書とノートを準備し、カイトと二人で教室を出る。いつもなら、ここにブンタとタダシもいたはずなのに。さっきのブンタの怒鳴り声が、未だに耳に染み付いていた。

「……何で」
「え?」
「ブンタは、あんな風に怒鳴らない人なのに、なんであんなに」
「あんな風に怒鳴った時点で、れっきとした"怒鳴る人"なんじゃないの」
「っ、私はそういうことを言いたいんじゃなくて…!」
「ブンタは、」
「!」

私が突っかかったのを無視して、カイトは薄く口を開く。

「ブンタは、正しいことをした」
「……正しい、って…」

カイトはさっきもそう言っていた。ブンタの言っていることは正しいと。それはつまり、タダシは責められて当然だとでも言っているようだ。私の胸は、また少し痛む。ブンタに怒鳴られた時タダシは、これでもかというくらいに強く両手を握っていた。罪悪感に呑まれたような顔をしていた。それがどうしても気になって、私は、ブンタの言葉が百パーセント正しいというのを信じられずにいる。

「…カイトは、知ってるんだよね」
「何を?」
「私が知らないことを」
「…そりゃあ知ってるに決まってるさ。君だって僕の知らないことを知ってるだろ」
「はぐらかさないでよ」
「……例えば君が知らないそれを僕が知っているとして、君はそれを知りたいのかい」
「! ……」

私は黙って唇を噛み締める。歩くスピードが少しずつ落ちていった。
「…私は、ただ……」
その先に繋げるべき言葉が見つからずに、結局そのまま目的地に着いてしまう。まるで私を責めるような口ぶりで「考え過ぎたって何も分からないよ」と言ったカイトの目は、今朝とは違い随分と冷たいものだった。



 授業が終わり、一人で教室へと歩いていると向かいから歩いてきた女子生徒にぶつかってしまい、持っていた教科書やノートが床に散らばる。気のせいだろうか、ぶつかったというよりは、わざと肩をぶつけられたような気がするのだけれど。そう疑問に思いながらも教科書を拾いあげてから振り向いてみると、私に背を向けて歩くあの子の姿が目に入った。

(あれは……)
とても強く印象に残っている白い制服と長い髪。私の足を踏んで思いきり睨みつけ、挙句の果てにタダシと二人で会っていた子だ。私は少し戸惑いながらも、大きな声で彼女の背中に声を掛ける。

「待って!」

すると彼女はすぐに足を止めて私を見た。それはやっぱり、敵を睨みつけるような目。私は教科書を握り締め、意を決して彼女に問い掛ける。

「……タダシと…付き合ってるの?」

返事はすぐに返ってきた。


「そうよ」



 20140604