koiNOtasatutai | ナノ
 あれから私は寮に帰るなりすぐに寝てしまったのだが、カイトの言葉が頭から離れることはなかった。
朝になり目を覚ましても、やっぱりすぐにカイトの言葉が頭に浮かぶ。


『好きだ』


「……」
(好き、って…言ったよね)
つまりカイトは、私を馬鹿にしているわけでも弄んで楽しんでいたわけでもなく、本気だったということなのか。だとしたらカイトがタダシに振られた私に声を掛けた時にはもうすでに、私のことが好きだったということになる。そう考えるだけで頬に熱が溜まった。
正直、カイトのことを恋愛対象として見たことは一度もない。それなのに私はカイトと付き合うことに嫌悪感を感じなかった。いや、多少は感じていたのかもしれないけれど、どちらかというと嫌悪感よりは"虚しさ"が勝るだろう。(だって、ずっと…)今まで私は、カイトに同情されているのだとばかり思っていたから。

(……優しい声、だったな…)
カイトの声を思い出しては、まるで恋人を想うソレのように頭がぼんやりとしてしまう。今までこんな風にして考えるのは、タダシのことばかりだったから。どんな時もタダシが一番だったし、他の人とどうこうなんて考えることすらしなかった。それなのに今は、タダシのことよりもカイトのことが頭を埋めて、離れてくれない。まさか私はカイトを好きになってしまったのだろうか。いや、そんなことがあるわけないじゃないか。


 散々色んなことを考えた後、女子寮を出ることにした。学校に行くにはまだ少し早いが、別に良いだろう。とにかく今はじっとしているとカイトのことばかり考えてしまうから、早めに学校に着いて勉強でもすれば少しは気が紛れるはずだ。
しかし寮を出ると、まるで私の考えを見透かしたかのようなタイミングでカイトの姿を発見してしまった。私が慌ててその場から逃げようと足を止めた瞬間、カイトも私に気付き足を止める。

「…おはよう、名前」
「っあ…お、はよう…」

自然に接しなきゃと思えば思うほどに昨日のことが頭にちらついて、上手く言葉を喋れない。あまりの気まずさと恥ずかしさに耐えかねた私はカイトの横を通り抜けようと早足で歩いた。しかしカイトはすかさず私の腕を掴み、言う。

「君はすぐ僕から逃げようとするね」
「っ べ、別にそんなこと…」
「やっと目を見てくれた」
「!」

そう言ってカイトは少し嬉しそうに笑った。それはいつもの自慢げな笑みとは少し違って、優しいような柔らかいような、そんな笑み。

「学校行こうか」
「…あ…う、うん」

なぜだろう。"好き"と口にしたからだろうか。今日のカイトはすごく優しいように感じる。(いつもが酷いだけかもしれないけど…)
「そういえば」
「え?」

学校に向かうためゆっくりとした足取りで並んで歩き始めると、カイトが急に口を開く。雑談、という口調ではなかった。

「一応聞かせてもらうけど、昨日、何があったんだい」
「!!……」
「言いたくなかったら別に良いよ。言わなくても」
「……、あ…」

私はカイトから視線をずらして、地面を見つめる。ようやく忘れかけたタダシの言葉が、また頭に響いて頭痛がした。

『もう、話しかけないでくれ』


「……タダシに…もう話しかけるなって、言われちゃった」
「! …タダシが…?」
「うん。…私ね、タダシに嫌われるくらいなら最初から付き合うんじゃなかったって、一度でもそう思っちゃったんだ」
「…!」
「タダシと付き合ったこと、後悔だけはしたくなかった。だって、タダシとの時間は本当に、心の底から幸せで…」
「………」
「もう、諦めるしかないみたい」

私はそう言って苦笑した。するとカイトは黙ったまま、少しだけ歩く速度を速める。私がそれについて行こうと足を浮かせたと同時に、急に視界が暗くなって体が何か温かいものに包まれた。

「、え」
これは紛れもなく、カイトに抱きしめられているという状況だ。私は突然のことに数回瞬きを繰り返す。背中に回ったカイトの腕が、少しだけ強まった。心臓がどきどきして止まらない。

「か、かい、と…?」
「ごめん」
カイトの熱い吐息が頬に掛かり、それに心臓を高鳴らせる隙もなくカイトの唇が、唇…が……

(……え?)

「っん、う」

カイトにキスをされた。そう頭が認識したと同時に、反射で軽い抵抗をしてしまう。カイトの胸を何度か叩いたが、カイトは離れてくれない。それどころかキスはどんどん深くなり、カイトの舌が口の中に滑り込んできた。
(…!?)
「ふッはぁ、や、やめ、っ」
呼吸もまともにできずに、ぎゅっと目を瞑る。助けを求めるかのようにカイトの背中に手を回して、これでもかというくらい強くカイトの制服を握り締めた。

(あつ、い、)
ねっとりとした、しつこいくらいのキス。カイトがこんなキスをするとは思わなくて、あの時無理矢理キスをされた時とは似ても似つかなくて、頭が混乱してしまう。
「かい、と、ッカイト…!」
いよいよ泣きそうになったところで、カイトはスッと唇を離した。最後に、名残惜しそうに私の唇をぺろりと舐めて、じっと私を見つめる。あまりに真剣で真っ直ぐなカイトの視線に、また体が熱くなった。

「…な、なん、で……」
「真剣に、僕と付き合ってくれないかな」
「!……」

これは、冗談でも同情でも遊びでもない。偽りのない告白だと、考えるまでもなく理解できた。だからこそカイトを見つめ返すことができずに、私は俯いてしまう。
(私は、まだ…)
ちゃんとした答えを出すことができずにいる。タダシのことだって、諦めようと決めただけで実際に諦めきれたわけじゃない。こんな状態でカイトに返事をすることは失礼だと思った。

「…カイトの気持ちはすごく嬉しいよ、でも」
「、」

私がきちんと答えを出せるまで。私が、まだ気付いていない"何か"に気付くまで。

「……今はまだ、…待っててほしい」


 カイトは嫌な顔ひとつせずに、頷いてくれた。


 20140520