koiNOtasatutai | ナノ
 結局、クッキーはブンタと二人で食べた。
夜になると談話室にはほとんど誰もいなくなるから、ブンタと二人きりでクッキーを食べながら話していても人目に付かなくてすごく落ちつく。小さく音を立てながらクッキーを食べているブンタに視線をやると、ブンタも私を見て、交わった視線に思わず笑ってしまった。

「クッキー美味しいね」
「そうだな」
「…あのさ、ブンタ」
「ん?」

私は視線を下ろしながら、ぎゅっと両手で拳を作る。

「…さっき、カイトと一緒にいたの」
そう言うとブンタは少し驚いたような顔をした。そしてすぐに苦笑しながら言う。

「もう多分、皆、知ってると思うぞ」
「……」
「名前…カイトと付き合ってるんだろ?」
「…うん」
「何で教えてくれなかったんだよぉ」
「……そうだね、ブンタには…ちゃんと言うべきだった」
「あ、いや…ごめん。別に責めてるわけじゃないから、気にすんなって」

俯いた私を見てブンタは焦ったように私の肩を叩いた。
二人してクッキーを食べる手が止まってしまう。ブンタは、分厚い唇を固く閉じてから、また開く。長い沈黙の後、私は掠れた声でブンタに言った。

「ごめんね…ブンタには、迷惑掛けるはずじゃなかったのに」
「! …名前……」
「カイトと一緒に帰ってる時、たまたま見かけたんだ」
「何をだ?」
「タダシとあのロシウスの子が二人きりで話してるところ」
「!!」

ブンタは驚いたように口を開ける。
「それって…名前の足踏んだヤツか…!?」
珍しくブンタが声を張り上げて立ち上がった。それに吃驚しつつも、私は小さく頷く。ブンタはしばらく唖然と立ち尽くしていたけど、まるで自分を落ち着かせるようにしてまた椅子に腰を下ろした。
どうしてブンタがこんなにも焦ったような顔をするのかが分からなかったけれど、私は俯いていた顔を上げてブンタの顔を真っ直ぐに見つめる。

「私、二回もタダシに振られちゃったよ」

そう言って笑ったつもりが、上手く笑えずに顔が引きつってしまう。

「何となくだけど…あの子が私の足を踏んだのって、きっと、嫉妬してたからだと思う」
「!」
「足を踏まれたのも睨まれたのも、そう考えると納得がいくんだ」
「あ……」

ブンタが私に何かを伝えようとしていたけど、私はそれに気付く余裕もなく、目に涙を溜めた。

「タダシはもう、あの子のことが好きで、私のことなんか好きじゃない。なんかそう思ったら…こんなにタダシのことで悩むの、全部…馬鹿馬鹿しいのかなって
「ち、違う!!」
「!っえ、」
私の言葉を遮って、ブンタは思いきり机を叩いた。私は吃驚して口を開けたまま固まってしまう。すごく大きな声で私の言葉を否定したブンタは肩で息をしながら、私の両肩に手をやって必死に訴えた。

「名前の気持ちは、無駄じゃない、ッその気持ちを…捨てないでくれ…!!」
「ぶ、ブンタ…?」
「タダシのこと、諦めないでくれ…頼むからぁ…!」
「…!!」
「タダシには…っきっと、タダシには理由があるんだ!だから、」
「ブンタ」
「! っ名前……」

私はブンタの手に自分の手を重ねて、ぼろぼろと涙を零した。それを見たブンタはサングラス越しに目を見開いて私を見つめる。

「ごめん…ごめんね、…ありがとう、ブンタ」
私とタダシのことを誰よりも応援してくれていたのは、ブンタだったのかもしれない。ブンタはいつだって私を気にかけてくれて、タダシと付き合っていた時もブンタは私たちのことを優しく見守っていてくれた。そんなブンタの優しさに、私は胸が苦しくなる。
ブンタが私に"タダシを好きで居続けろ"と訴えたのはそれだけの理由じゃない気もするけど、今は、これだけで十分だ。

「…クッキー、食べよっか」

涙を拭いながらそう言って笑い掛けると、ブンタもようやく笑ってくれる。
「ああ…そうだな」
本当は四人で食べるはずだったクッキーは、私たち二人には少しだけ量が多くて。何とか食べきった頃にはもう時間は九時を過ぎていた。四人で食べていたらもう少し早く食べ終わったのだろうか、とか、そんなことを考えてはタダシの顔が頭に浮かぶ。
 私がタダシを諦めるには、もう少し時間が掛かりそうだ。


 20140506