koiNOtasatutai | ナノ
 衝撃だとか驚きだとか、そういうものよりもいち早く感じたのは、"納得"という感情だった。
(あー…そっか、そう、だよね)
やっと一つの謎が解けた。それは、タダシが私を振った理由。タダシはあの子のことが好きで、あの子と付き合うには彼女である私のことが邪魔だった。簡単に言うとそういうことだろう。なんだ、これでスッキリしたじゃないか。もう、何でだろうどうしてだろうって悩む必要もないんだから。
そう思いながら、私は未だに整理ができずぐちゃぐちゃになった頭で二人を見つめる。それに気付いているのかいないのか分からないが、カイトは小さく私の名前を呼んだ。

「…名前、」
「っ、ふ、うぁ」

何か返事をしなきゃと思い口を開いたと同時に、前触れもなく涙が零れる。
 タダシは格好良いし素敵だから、こんなの、仕方がない。私がタダシと付き合っていたことは事実だし、すごくすごく幸せだった。だからこれで良いんだ。タダシが幸せながらそれで良い。タダシは、私には勿体無いくらいの存在だった。私は必死になって、そう自分に言い聞かせる。それなのに涙は止まらない。失恋がこんなに辛いものだとは思わなかった。
「っうあ、あ、ッ」
ごし、と乱暴に涙を拭うとカイトはすごい速さで私の腕を掴み、それを阻止した。

「赤くなるだろ」

私はそれさえも悔しくて、どうにもならない感情が溢れ出す。(ああ、私は、なんて馬鹿なんだろう)せっかくカイトと仲直りできたのに。久しぶりに、あんなに穏やかな気分になったのに。私の腕を掴む手はひどく優しくて、余計に涙が零れてくる。

「馬鹿に…すれば良いじゃん」
「、」
「こん、なっ…未練がましい私のこと、っ馬鹿にして笑えばいいじゃん!!なのになんでっ、」

優しくされたことが、悔しかった。自分が惨めに見えて仕方なかった。私はいつからこんなにも我儘で頑固な性格になってしまったのだろう。勝手なのはカイトじゃない、私の方だ。
目の前のカイトの顔がよく見えない。ああきっと、また、呆れられてしまっただろう。しかしカイトは何も言わずにポケットから無地のハンカチを取り出して私の顔に押し付けた。

「っ…!」

私が俯いたまま唇を噛み締めていると、カイトは
「帰るよ」
とまたそう言って私の腕を引っ張る。それでも立ち止ったまま動こうとしない私に、またカイトは私の名前を呼んだ。

「………」
それさえも無視してまたタダシとあの子の方に視線をやると、何やら苦しそうな顔をしているタダシが目に入った。(何を…話してるんだろう)ここからじゃ全く聞こえない。ロシウスの女の子はタダシの腕にすり寄って、嬉しそうに笑った。すごく幸せそうに、頬を赤く染めている。タダシは決してそれを拒絶しようとはしない。だけどやっぱりその表情はあまり良いものではなくて。

『別れてくれないか』

タダシと別れた時の顔に、よく似ていた。

 そんなことを考えていた私の顔に、カイトは思いきりハンカチを押し付けた。そのせいで視界が真っ暗になってしまう。まるでカイトが、私に「もうそれ以上見るな」と言っているかのようだった。

「先、帰ってる」

カイトはそう言うと私から離れてすたすたと先に行ってしまった。
私はしばらく俯いたままカイトのハンカチを握り締める。カイトらしいシンプルなハンカチは少しだけへたれていて、一枚のハンカチをよほど大事に使っているのだと感じさせられる。ハンカチでそっと涙を拭うと、カイトの匂いが鼻を掠った。

(自分がみっともなくて、恥ずかしい)


 20140506