koiNOtasatutai | ナノ
 今日も、ウォータイムは何の問題もなく終わった。
何と言うか、これは、すごいことなのではないだろうか。私たち第五小隊にはこんなにもハッキリと亀裂が入っているというのに、ウォータイムには何の支障も出ないなんて。
(ここまでくると何か、なあ……)

 皆が教室を出ていった後に、私も帰ろうと鞄を握り締める。参考書や辞書のせいでいつもより重い鞄がずしりと私の腕を引っ張った。
「……はあ」
私は深い溜め息を吐いて、早足で校舎を出る。何だかあまり良くない夢を見ていたようだ。頭は痛むし体は重いし、最近は悩みが多すぎてそろそろ体にも良くない気もする。今日はもう寮に着いたらすぐ寝てしまおう。そんなことを考えながら校門を出ると、誰かの気配がして私は足を止めた。

「……、…!!」

その気配の正体は、校門を出てすぐ右にある壁に寄りかかっている人物。長く青い髪が目に入り、私にはその人物が誰なのか一瞬で分かった。
思わず小さな声で彼を呼ぶと、地獄耳なのだろう彼はすぐにこちらに顔を向ける。いつもの無表情、座った目、ナルシストっぽく組んだ腕…やっぱり、カイトだった。

「何で、こんな時間に…」
「タダシには慰めてもらったかい」
「、」

カイトは静かにそう言う。私は突然の言葉に驚きつつも、カイトを睨みつけた。

「それ言うために…わざわざそこで待ってたの?」
「…別にそういうわけじゃないけど」
「じゃあ何で」
「だって僕じゃあ、駄目なんだろ」
「!、……え」

その時のカイトは、少しだけ寂しそうに見えた。どうしようもない沈黙が続き、気まずさが増す。カイトが腕を組んだまま私から視線をずらしたから、私も視線を下ろしてしまった。

「…カイトが何を言いたいのか、分からないよ」
「……」
「昨日だって、あんな…」

自分で昨日の話題を出したくせに、思い出しただけで涙が溢れそうになってしまう。カイトは、勝手だ。自分勝手だ。私には何も教えてくれないし質問にも答えてくれないのに、無理矢理キスをして酷いことを言って。私のことが嫌いならそう言ってくれれば良いのに。何とでも言えばいいのに。こうして恋人になる必要なんてないし、そもそもどうしてキスなんかしたんだろう。
 そんなことを考えているうちに、カイトがまた私を見た。それと同時に、願ってもいないのに目に涙が溜まる。

「…悪かった」
「!」
「あんなに、泣かせようなんて思ってなかった」
「…カイ、ト……」
「別に許してもらおうなんて思わないよ。だから、
「カイト」
「!………何だい」

カイトが謝るなんて、そんなことはありえないと思った。普段から無愛想で人と慣れ合おうとしないカイトは、いつだって周りを見下したような態度で周りからあまり良く思われてなくて。そんなカイトが今、私の目の前で謝罪の言葉を口にしたのだ。

「…そんなの…卑怯だよ」
「、」
「そんな風に、言われたら…」
カイトのことを、許さないなんてできなくなってしまう。
 私が黙って涙を堪えていると、カイトは私の思っていることを察したのか控えめな足取りで私に近づいた。そして私のすぐ目の前で立ち止まり、私の頭に手を置く。

「君って、そんなに泣き虫だったっけ」
「っう、るさい、」

涙交じりにカイトを睨みつけると、カイトはそんな私を馬鹿にするように笑った。不思議とその笑顔を嫌だとは思わなくて。私も苦笑いを浮かべる。カイトがいつもより少しだけ優しい声色で言った。

「帰るよ」
「…うん」

それは何だか本当の恋人のそれみたいで、何だかくすぐったいけど、温かいような気もした。


 20140427