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 私が名前を呼ぶ度に、くるりと振り返って笑顔を浮かべる名前のことが好きだった。優しい笑顔も声も、名前そのものが私にとっては特別なのだ。
しかしだからと言って名前を私だけのものにしたいとは思わない。ただ、これからも私が名前を呼ぶ度にそうやって振り向いてくれるだけで良い。贅沢など言わないから、この願いだけはどうか聞いてほしかった。

「名前」

今日もまた、私の声に気付いた名前がくるりと振り返って笑う。

「どうしたの?クラピカ」

にっこりと笑顔を浮かべながらそう聞いてきた名前に、私の鼓動が早くなっていく。いっそのこと、好きだと伝えられたらどれだけ幸せなのだろうか。しかしそんな大きな幸せを望むつもりはない。私は、名前にとっての特別でなくて良いのだ。
私が名前に「何でもない」と言うと、名前は「そっか」と言って笑った。そう、それで良い。私が名前の特別でなくても、名前が私の特別なのだから。

「クラピカ」
「っ ああ、何だ?」

突然名前を呼ばれて少し驚きつつも返事をすると、名前は私に一歩二歩と近づいてきた。そして私の目の前で立ち止まり、私の顔を覗き込む。

「大丈夫?何か考えごと?」

その言葉に思わず"好き"という言葉が出そうになった。私は慌ててそれを胸の奥に押し込んで、名前に笑いかける。

「大丈夫だ。心配を掛けてすまない」
「ううん良いんだよ、その、クラピカには笑っててほしいから」
「!」

照れ臭そうに笑ってそう言った名前に私は唖然とした。しかし次の瞬間、うるさいくらいに心臓が騒ぎ出す。ああ、もう、名前のことが好きすぎておかしくなってしまいそうだ。名前は言いたいことを言えて満足そうな笑顔を浮かべながら私に背を向ける。そして去って行こうと足を進めた名前を、私は鳴りやまない心臓のまま呼びとめた。

「名前!」

ふわりと風が吹いて、名前の髪が揺れる。いつものように、いつもと何も変わらない仕草で振り向いた名前の顔には、やはり、いつもと同じ優しい笑顔。しかしその頬はいつもより少しだけ赤く染まっていた。

「さっきの、やっぱり聞かなかったことにしてね」

苦笑しながらそう言って、名前はまた笑う。すると名前はまるで赤くなった顔を隠すように私から顔を逸らした。そんな名前に私の心臓はますます騒がしく音を立てる。
(好きだ、名前…)
だからいつまでも変わらず、私の声に笑顔で振り向いてほしい。



 20140129
クラピカ*振り向く彼女が何よりも好き



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