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名前と話しているとどうも調子が狂う。俺の無愛想な対応にも嫌な顔ひとつしないし、楽しくないはずなのに名前は笑顔を絶やさない。そんな名前と一緒にいることは幸せだし、何だかんだ楽しい。だけどどうも、調子を狂わせられるのは好きじゃなかった。

「お前さ、俺といて本当に楽しいわけ?」
「うん。楽しいから一緒にいるんだよ」

俺の質問に笑顔のままそう答えた名前に、俺はまた何も言えなくなってしまう。俺よりも一枚も二枚も上手な名前は、俺を黙らせるのが得意だった。黙って「そうかよ」とだけ言った俺に対し、満足そうに笑いながら名前は言う。

「阿部君は私といて楽しい?」
「!」

思わぬ質問に俺はつい慌ててしまう。(くそっ、分かってるくせに……)心の中で文句を吐きつつも俺は名前から目を逸らして素直に答えた。

「別に、楽しくなきゃ一緒にいねえっつの」
「じゃあほら、阿部君も私と一緒なんだよね」
「…そうだな」
「私、明るくて元気な子とはしゃぐのは"嫌いじゃない"って感じだけど、阿部君と二人でこうして話すのは"好き"だよ」
「っ……分かったから、もう黙れ」
「えー」

不貞腐れた振りをして俺を見つめる名前は、本当に憎たらしくて可愛いと思った。名前と話していると本当に調子が狂う。俺は名前に狂わされてばかりだ。それが何かムカつくけど、何か心地いい。この縮まらなければ離れもしない距離感が俺は好きだった。

しばらく沈黙が続いた後も名前は笑顔を浮かべて俺をからかう。

「阿部君」
「なんだ?」
「好き」
「!?っな…」
「友達としてね!」

まるで悪戯っ子のように「騙されたでしょー」とケラケラ笑う名前を、俺はいつか絶対にギャフンと言わせてやりたい。そんな風に思いながらも、俺はそんな名前との時間を心から楽しんだ。とてつもなく悔しい話だが。




 20140130
阿部隆也*彼女の笑顔は俺の調子を狂わせる



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