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 俺は自分の彼女である名前先輩の長所が見つからないことに悩んでいた。
名前先輩は美人だ(と思う)し、明るくて笑顔の絶えない人だ。だけどそれはどこか自分が名前先輩を好きになった理由とは違うような気がする。美人な先輩も、明るくて笑顔の絶えない人も、この世界にはいくらでも溢れているんだ。そんな中で自分がどうして名前先輩を選んだのか、という死ぬほど考える必要のないことに俺は悩まされているのだ。

「わーかーしー」

今日もいつものようにドアのすぐそばに立って俺を呼ぶ名前先輩に気付き、俺は席を立つ。そうだ、本人と話せば長所なんていくらでも見つかるだろう。そんなことを思った俺はすたすたと早足で名前先輩の元に向かった。

「何か用ですか」
「会いたくなったの」
「そうですか」
「忙しかった?」
「いえ…別に」
「そっか!なら良かった」

流れるような会話が終わって、俺はちらりと名前先輩を盗み見る。窓の外を眺めながら「良い天気だね」なんて在り来たりなセリフを言っている名前先輩は、どう考えても俺の好みではないはずだ。それなのに俺は名前先輩の隣にいるとこんなにも幸せで、充実して、会えて嬉しいとさえ思ってしまう。そんなの決して顔には出さないが。
しばらくすると名前先輩がポケットから飴を出して俺に渡した。

「これ友達に貰ったんだけど、若にあげる」
「…良いんですか?」
「うん、良いよ。なんかこの色、若の髪の色に似てるから」
「色?」

そう言われて渡された飴を見つめてみれば、確かに…似てないことも、ない。しかしそんなくだらないことに気付くなんて名前先輩は本当に変わってる。

「その飴食べて、今日も練習頑張ってね」

そう言って笑った名前先輩に、思わず手に持った飴を落としそうになった。
どくんどくんと心臓が大きな音を立てて、熱くなる顔を誤魔化すようにして俺は飴を口に含む。(…甘い)じんわりと甘い飴の味が口の中に広がって、俺は名前先輩から目を逸らした。すると名前先輩は少し楽しそうに笑いながら

「私、そうやってたまに照れる若の顔、すごい好きだよ」

だなんて言った。(う、うわ、くそっ)そう言われたことによってブワッと赤くなった俺の頭を、名前先輩は優しく撫でる。自分らしくない反応に頭がおかしくなりそうだ。くそ、そんなに触るな!と心の中で毒を吐くものの、それが上手く言葉にできない。俺は思わず名前先輩の腕を引っ張って、そのまま思いきり引き寄せた。

「――っ、わ、わか  」

焦ったように俺の名前を呼ぼうとした名前先輩の声は、俺のキスによってかき消される。しっかりと唇をくっつけてから名前先輩の柔らかい唇を一舐めし、真っ赤であろう顔を離してから俺は勝ち誇ったわけでもないのに勝ち誇った顔で言った。

「飴、おすそわけです」


そんな俺の言葉に、名前先輩まで真っ赤になる。
ああそうか。名前先輩の長所は未だによく分からないけど、俺が名前先輩を好きという事実に変わりはない。だから今はこれで良いのだろう。

「好きですよ、名前先輩」



 20140129
日吉若*彼女の長所を探す



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