100000 | ナノ






 名前さんはひどい人だ。俺がこんなに名前さんのことを好きなのに、振り向く素振りすら見せないで笑っている。俺がどんなに甘いシチュエーションでどんなに甘いことを言っても、ハイハイ真波くんは可愛いね、みたいな年上ぶった台詞でするりと俺をかわすんだ。実際、年上なのは事実だけど。
今日も自転車部の練習が終わると名前さんは真っ先に俺におつかれを言いに来た。もちろんいつもと何ら変わらない年上ぶった態度でだ。俺の頭をまるで子供をあやすみたいにぽんぽんと撫でて
「今日も頑張ったね」
じゃねえよ。いい加減にしろ。人の気持ちも考えてくれ。俺はこんなに名前さんが好きだ、今すぐにだって付き合えるし付き合いたいしセックスだってしたい。なのに何でだろう。何で名前さんは気付いてくれないんだろう、相手にしてくれないんだろう。

「名前さん…」

思わず名前さんの手を振り払うようにして、そのキラキラと夕日を反射させるようにして輝くその目を睨むように見つめた。びっくりした!と言わんばかりの名前さんと目が合う。ああもう、こんなに綺麗な顔してるくせに。こんなにも鈍感じゃなけりゃ、名前さんはパーフェクトなのに。そんな不満から来る苛立ちを名前さんにぶつけるつもりで俺は言った。

「俺、名前さんが練習お疲れさま大好きだよって言ってキスしてくれるまでもう絶対に走りません」

これでひどい名前さんにも分かるだろうか、俺の気持ちが。








 真波くんはひどい人だ。いつも私をからかうようにして好きだの何だの冗談を言ってくる。でもそれは"ちょっと生意気な後輩"と思えば苛立ちも湧いてこないしむしろ可愛く思えた。だから私は真波くんが冗談を言うたびに、ハイハイ真波くんは可愛いね、と彼を上手くかわすのだ。真波くんは不機嫌そうに口を尖らせるけど、年上をからかう真波くんが悪い。こうやってあしらわないと、真波くんの冗談を本気にしてしまいそうになるから仕方がないんだ。
私は今日も自転車部の練習が終わってから真っ先に真波くんにおつかれを言う。それがもはや日課になってしまっていた。きっと疲れたのだろう、少し荒い息をする真波くんの頭をぽんぽんと撫でながら
「今日も頑張ったね」
と伝える。すると真波くんは笑顔すら浮かべずに私の手を振り払った。

「名前さん…」

真波くんが私を睨むようにして見つめる。私は手を振り払われたことにも睨まれたことにもびっくりして真波くんを見つめ返した。ああもうこんなに綺麗な顔をしてるのに、どうして真波くんは私にばかり構うのだろう。私なんかからかわずに、他の女の子の所に行けばいいのに。そうじゃなきゃ私が真波くんを好きになってしまいそうで怖かった。
そんなことを考えていると真波くんはいつもの爽やかな口調じゃなくて苛立ったような口調で私に言う。

「俺、名前さんが練習お疲れさま大好きだよって言ってキスしてくれるまでもう絶対に走りません」

その言葉に私は驚きを隠せなかった。こ、こんな、こんな冗談、いつもみたいに余裕でかわせるものじゃない。本当に、真波くんはひどい人だと思う。こんな顔されたら、こんな声で言われたら、本気にしてしまうではないか。私がそういう性格だってこと知ってるだろうに、真波くんはどうして私をからかうんだろう。

私が真波くんの言うように練習お疲れさま大好きだよって言ってキスしたら真波くんにも分かるだろうか、私の気持ちが。



 20140129
真波山岳*擦れ違うふたり