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「なあ、いつまで泣いてんの?」

呆れたように溜め息を零しながら俺は名前を見つめた。ぐすぐすと小さな子供みたいに涙を零す名前は、気付けばかれこれ俺の前で20分くらい泣き続けている。その涙の理由を聞くと、どうやらそれは同じクラスの男子に嫌なことを言われたらしい。普通そんなことで泣くか?とも思ったのだが、名前の気が弱いということを考えるとそれは確かに納得せざるを得ない。
俺は何と声を掛けていいか迷ったものの、名前の肩をぽんぽんと叩いて言う。

「いい加減泣き止めよ」

それでも名前は泣き止まない。もう、どうしたものか。このまま名前を置いて下校してしまおうと思ったのだが、何だかそうにもいかない雰囲気だ。できれば俺は悪者になりたくない。
しかし名前はどうやったら泣き止むんだ。考えても何も思い浮かばない。

「…名前」
「っう、ひぅ、うあっ」
「……クラスの奴らなんか放っとけば良いだろ」
「だ、だって、っ……」
「そんなんだからアイツらも面白がってお前のことからかうんだよ」
「ッ…瞬木君には分からないよ…!」

そう言ってまた顔を隠した名前に、俺は二回目の溜め息を吐いた。
(そりゃ、俺には分かんねーよ)
心の中でそう吐き捨ててから、俺はいよいよ我慢ができなくなって苛々しながら名前の顔を隠している華奢な腕を掴む。名前は怯えるような顔で俺を見た。俺はそんな名前に小さな舌打ちを零してから、ゆっくりと名前の顔に自分の顔を近づける。

「っ瞬木く…――っんん」

あと1センチのところで聞こえた名前の焦ったような声も全て、俺の口に吸い込まれた。名前は大きく目を見開いていたけど、抵抗はしなかった。唇が離れるとただ唖然とした顔で俺を見つめて、弱弱しい声で言う。

「…な、なんで……」

気付けば名前の涙は乾いていた。
(ほら、これで良い)
俺は自分の唇をペロリと舐めてから、名前を見つめる。途端に名前の顔が真っ赤に染まった。そんな顔に俺まで変な気分になってしまう。

「もう泣き止んだだろ。帰るぞ」

何だかその甘ったるいような空気がくすぐったくて、俺は素っ気ない態度で名前に背を向けた。すると名前は慌てて俺の制服の裾を掴み、叫んだ。

「瞬木君…!」
「!」

名前のこんなハッキリとした顔は初めてだった。俺が驚きながら振り向くと、今度は名前が俺の顔に自分の顔を近づける。そして、唇が重なった。


一瞬だけくっついた唇はすぐに離れて、名前はまだ少し赤みの残った目で笑う。俺の心臓がドキリと跳ねた。

「ありがとう」

(くそ、こんな……)
名前を無理矢理泣き止ませようとした最終手段だったのに、まさか最初に仕掛けた俺がこんなにも恥ずかしい思いをする羽目になるなんて。不覚だ。俺は名前から顔を逸らして小さく言う。

「良いからさっさと帰るぞ」
「うん!」

まだ唇に残った名前の感触が消えない。早く消えてほしいと思っている反面、まだこの感触に浸っていたいと思う自分がいた。



 20140130
瞬木隼人*口付けは涙を乾かす恋の魔法



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