unubore | ナノ
 翌日。今日もいつものようにウォータイムが終わる。今日のジェノックは運が良く、バンデットに会わずに無事に任務を終えることができた。私は多きく息を吸い込んで、深呼吸をする。
しばらくしてコントロールポッドから出てきた隊員たちと少し話をしてから、私は下校の準備を始めた。

 昨晩はあれからぐっすり眠ることができたが、首の傷はまだしばらくは治りそうにない。じんわりと痛みを帯びた傷に触れようとした時、急にすぐそばで聞き慣れた声がした。

「今日は隊員の奴らと一緒じゃないのか?」
「! …伊丹君…」

思わず警戒するように一歩下がる。すると伊丹君はまるでそんなの気にしないというように私の首を見て薄く笑った。

「すげぇ目立つな、ソレ」
「え?」

傷のことだろうか。私が眉を顰めると、伊丹君の鋭い目つきに捕えられて嫌な汗が滲んだ。今私の目の前にいる伊丹君は、初めて会った時の伊丹君とはまるで違った。そう、伊丹君がリンコの名前を口にした時から、何かがおかしい。何かが、違う。
私にキャンディをくれた伊丹君は、もっと優しい目をしていたはずだ。私をチビと言って馬鹿にした伊丹君は、こんな風に笑う人じゃなかったはずだ。伊丹君はもっと……


 …あれ?


私は、伊丹君の何を知っていたのだろう。何も、知らないじゃないか。
人はいくらでも猫を被れる。演じればいくらでも良い人を装える。そうだ。私の知っている伊丹君は、本当の伊丹君じゃなかったのかもしれない。そんな思考だけが頭を一杯にした。
私は震えた声で伊丹君に問いかける。

「っ、これ…引っ掻いたの、伊丹君、だよね」
「ああそうだ」

案外あっさりと認めた伊丹君に、私は思わず声を荒げた。

「なんでっ、何でこんなことするの?」

すると伊丹君は私をきつく睨みつけて答える。

「ムカついたから」
「っ!な、なにそれ、」
「お前、リンコって奴のこと本気で好きなのか?」
「!」

そんな質問を投げかけられて、私は一瞬黙り込んだがすぐに大きく頷いた。

「好きに決まってるじゃない」
「ヘェ。どうせ叶わない恋なのに?そんなもんに本気になってんのかよ、お前」
「っ、そ、それは……」
「やっぱお前、クッソ甘ったりぃな」
「!!…どういう、意味…?」

恐る恐る伊丹君にそう問うと、伊丹君はいつの間に口に放り込んでいた棒付きキャンディを棒ごと噛み砕いた。ガリッと下品な音が響いて、伊丹君は折れた棒を床に落としてそれを踏みつける。まるで、その棒を私に例えているようにも思えた。また、ズキリと心が痛む。


「お前のそれ、ただ甘ったるいだけの恋なんじゃねぇの」


そう言った伊丹君にいきなり胸倉を掴まれてそのまま引き寄せられた。私が咄嗟のことに抵抗できず、ただ目元を歪ませて伊丹君を睨むように見つめると伊丹君は汚い笑顔を浮かべて首筋の傷を見つめる。恐怖なのか焦りなのか分からない感情が私を襲った。
(伊丹君は……伊丹君の、笑顔は…っ)

「似合ってるぜ。キスマークみたいで」
「!?っ な、…!」

(もっと、綺麗なはずだ)

思わず伊丹君の頬を叩いて、叫んだ。
「ッ、最低!!!」

私はだんだんと真っ赤に腫れていく伊丹君を頬をただ睨みつけながら、ぼろぼろと溢れてくる涙を抑えることができずにいた。



 20140120