unubore | ナノ
 あれから私はまた意識を失って、日暮先生に起こされた時にはもう伊丹君の姿はなかった。
気付けばカーテンを少し開けてこちらを見る日暮先生と目が合う。

「大丈夫か?だいぶうなされていたが」
「あ……大丈夫、です…」

日暮先生は心配してくれたけど私は無理に身体を起こして靴を履いた。
「すみません、勝手にベッド使ってしまって」
「それは大丈夫だ。それより日辻、まだ顔色が…」
良くないぞ、という先生の声を遮るようにして私は「大丈夫です」と告げる。先生もそれ以上何も言わずに「気を付けて寮に戻れよ」と言ってくれた。

「はい、ありがとうございました」
私はそう言って保健室を出る。
(伊丹君は…もう寮に戻ったのかな)私はそんなことばかり気にした。

 先ほどの伊丹君の顔が忘れられない。
まるで面白いものを見るような目だったのに、その目はどこか怖かった。まるで怒っているようにも見えたし、私も我を忘れ焦ってしまっていたからあまりよく覚えていないけど、とにかくいつもの伊丹君とは違ったのだ。
やはりリンコを睨んだのは伊丹君なのだろうか。結局、真実を知ることはできなかった。私は重い足取りで寮に向かう。やはり、精神的にも本調子ではないらしい。



「! まこ、大丈夫か?」
「ああ、ハルキ…」

寮に入ってすぐの場所にいたハルキが私に気付き、近寄ってくる。
私はハルキに心配をかけないように笑顔で頷いた。

「保健室で寝たらだいぶ楽になったから。もう大丈夫だよ」
「そうか、それなら良かった」

私の言葉にハルキは安心したような素振りを見せたけど、私の首筋を見た途端に驚いた顔をして手を伸ばした。ハルキの手が私の首筋に触れた時、ちくりと刺すような痛みが走る。

「この傷、どうしたんだ?」
「え…傷?」

私は驚いて自分の首筋に触れる。
「っい、」
どうやら傷があるらしい部分に触れた時、今度はビリっと強めの痛みを感じた。ハルキが言っているのは本当らしい。でも、いつこんな傷が付いたのだろう。ハルキが言うには引っかき傷らしいが、自分には全く覚えがない。私は少し考え込んだ。しかしすぐにある人物が頭に浮かんで、私は目を丸くする。
(…まさか)


 伊丹君、なのだろうか。

いやでもそんなまさか、と焦ったものの保健室に行くまではこんな傷はなかったはずだ。だとしたらこの傷を付けた犯人は伊丹君としか考えられない。でもどうして。
「!……、っ」
また、伊丹君のあの顔が頭に浮かんで私は唇を噛み締めた。そんな私をハルキは心配してくれたが、私は無理な笑顔を浮かべることしかできない。ハルキも察してくれたようでそれ以上は何も詮索せずに部屋へと戻った。私はそんなハルキに申し訳ない気持ちで一杯になったが、やはり頭の中を埋めるのは伊丹君ばかりで。

 伊丹君のことを考えると、首筋の傷が痛むような気がした。




 20140119