unubore | ナノ
 今朝はいつもより早く目が覚めた。
制服に着替えて寮を出ると、生ぬるい風が頬を撫でる。ここは、とても空気が良い。私は海辺の方まで行ってみようかと思い足を進めた。しかしその足は、ある人物の姿を見かけたことによりピタリと止まる。
(あ、)
少し向こうのベンチに足を組んでだらしなく座っているのは、昨日の男子生徒だった。口から何か棒のようなものが出ているのが気になってじっと見てみれば、それは棒付きキャンディだと分かる。見かけによらず随分と可愛いものを食べているんだなぁ。
しばらくボヤっと彼を見つめていると、ちらりとこちらを見た彼と目が合ってしまった。

「!っ」
突然のことで目を逸らすこともできない。彼は私に気付くと笑顔を向けるわけでもなく、口の中のキャンディを噛み砕いたように見えた。
 それからしばらくお互いに何をするわけでもなく見つめ合っていたのだが、急に立ちあがった彼が私に近づいてくることに気付き、どうして良いのか分からなくなる。私に何か用でもあるのだろうか。

「朝から散歩かよ」
「そ、そっちこそ、散歩ですか?」
「ちげえよ。外の空気吸いにきただけだ」

(それって散歩とあまり変わらないような気が…)

「お前今、散歩と対して変わんねえって思っただろ」
「!?」

思っていたことを的確に当てられてしまい、驚きのあまり目を見開く。どうせまた顔に出てしまっていたのだろう。それでも一応礼儀としてぶんぶんと顔を横に振ると、彼は私を見下すようにして見つめた。
どうでもいい話だが、彼の低音は少し落ち着くような気がする。本当にどうでもいい話だ。

 彼は沈黙が多い人らしい。人と喋るのが苦手なのだろうか。そうだとしたら少し親近感が湧いてしまう。しかし彼はそんな私の想像をあっさりと砕いた。

「ジェノックのメカニックはチビが多いな」
「えっ」
「得にお前」

また新しいキャンディをポケットから取り出して包み紙を剥がしながら淡々とそう言った彼に、結構なショックを受ける。(背が小さいの気にしてるのに…)心の中で何だコイツはと毒を吐くと、また顔に出てたのだろう。睨まれてしまったから何も考えられなくなってしまった。
 ゆっくりとキャンディを味っている彼をちらりと見つめ、私はずっと気になっていたことを小さな声で問いかける。

「あ、あの」
「んだよ」
「何で私がメカニックってこと、知ってたんですか」
「……さぁな」

それじゃあ答えになってないじゃないか。そうは思ったものの口には出さずにいると、彼は私を舐めるように見つめた後、鼻で笑って「ここは趣味の悪ぃ奴ばっかりだ」と独り言のように呟いた。その意味が分からずに首を傾げると、彼は少し黙り込んだ後、ポケットからまたキャンディを取り出してそれを見つめる。
彼のポケットには一体いくつのキャンディが入っているのだろうと気になっていると、彼は表情一つ変えずに持っていたキャンディを私に差し出した。(え?)

「こ、これ…」
「やるよ」
「!え、でも」
「黙って受け取れチビ」
「なっ!?」

二回目のショックを受けて固まっている私の手を彼は掴み上げ、無理矢理キャンディを握らせた。あまりに意外な彼の行動に驚きつつ握らされたキャンディを見つめると、どうやらそれはイチゴ味らしい。包み紙からしていかにも甘ったるそうだ。甘いものは嫌いじゃない、むしろ大好物だ。彼には感謝すべきかもしれない。

「あ、ありがとう…」

ちゃんと目を見てお礼を言ったのに、無視をされてしまった。彼は優しいのか優しくないのか分からない。
すると結局彼はそれ以上私に何も言わず背中を向ける。要するに彼は私の身長が小さいことを馬鹿にしてキャンディを渡したかっただけなのだろうか。(全くもって理解できない……)
しかしせめて彼の名前だけでも知っておきたい。私は冷え切って見える彼の後ろ姿に向かって、少し大きな声を発した。

「あの!」

彼は完全には振り向かず、ちらりとこちらを見て「何だよ」と短く問う。私は貰ったキャンディを握り締めて、「名前、教えてくれませんか」と声を絞り出した。すると彼は薄く笑って、今度は完全に私に向き直る。

「伊丹キョウジ」

 随分と変わった名前だ。
私は少しはにかみながら「伊丹君」と彼の名前を呼ぶ。返事はしてくれなかったが、代わりに彼の笑顔が見れた。別にそこまで嬉しがることではないのだが、彼の笑顔はレアのような気がするからしっかりと目に収めておこう。

(ああそういえば)
彼は関わらない方が良い類の人だと思っていたのを思い出す。すっかり忘れてしまっていた。確かに目付きも言葉使いも悪いしあまり良い印象ではないが、彼の低音を聞いているとどこか心地が良いのも事実。
 あまり悪い人ではない………のかもしれない。



 20140118