unubore | ナノ
 伊丹君のことは、心の底から大嫌いだった。
散々私のことを傷付けて馬鹿にするように、見下すように笑って、すごく腹が立った。何度も泣かされたし私の心は伊丹君によってズタボロにされたくらいなのに、私はまだ懲りずに伊丹君に関わろうとしている。その理由を、カイトに背中を押されても尚、私の心は上手く受け入れようとしないのだ。

 猿田教官の話を中途半端に聞きながら私はスカートをぎゅっと握り締める。今までは余計なこと一つ考えずに真剣に受けていた授業も、伊丹君に会ったあの日から集中できないことの方が多くなってしまった。
猿田教官が何かを言っている。これからのウォータイムに、LBXのプロプレイヤーになるために、必要なことなのに。ちゃんと教官の話を聞いて、ちゃんと学ばなければならないのに。(どうして…、)
結局その日の授業も、ほとんど上の空のまま終わってしまった。



「まこ」
「!…リンコ…」
「どうしたの?さっきからずっと…辛そうな顔、してるけど」

授業が終わり教室に戻った時、リンコが声を掛けてきた。私はそんなリンコの言葉に何て返せば良いのか分からず、「気のせいだよ」と言って笑うことしかできない。

「ホントに大丈夫?」
「うん、大丈夫」
「そっか。なら良いんだけど…」

リンコはまだ少し納得のいかない顔で頷いた。私はそんなリンコにできる限り明るい声で言う。
「私、ちょっとトイレ行ってくるね」
「えっ?あ、うん、分かった」

リンコの返事を聞いてから、教室を出て長い廊下を歩く。向かう先は、トイレではない。
(…行かなきゃ……)
心のどこかで焦っているせいか、歩くペースがだんだんと速くなる。どきどきと心臓も音を立てる。頭の中には、もう、彼のことしか浮かばなくなってしまっていた。

「伊丹君……っ」

無意識に漏れた声を最後に、私は思いきり走り出す。踏みしめた足が少しだけ震えていた。
 私はちゃんと確かめたい。どうしてあんなに酷いことをされてもまだ伊丹君に会いたいと思うのか。伊丹君に嫌われたくないと思ってしまう理由も、伊丹君のことばかり考えてしまう理由も、全部、確かめたいんだ。

『この、レズ女』

あの日言われた言葉は酷く悔しかったけれど、私は、今なら伊丹君に胸を張って言える気がする。嘘なんか付かないし、自分の恋を恥じらうこともしない。だって私は、もう、違うから。

 私の好きな人は、ちゃんと、"男の子"だから。


 
 20140417