unubore | ナノ
 今日もまた、想いを伝えることなどできるはずもなかった。

ウォータイムの時間になると生徒たちは慌ただしく走って戦闘の準備を始める。私もいつものように準備をして、ウォータイムが始まった。最近はバンデットの存在が私たちを乱しているため、いつも以上に警戒しなければならない。今日はグルゼオンは現れずにウォータイムが終わった。幸運、とでも言うべきなのだろうか。
 メカニックである私は早く隊員のLBXをメンテナンスしようと寮に戻っていた。しかし少し急いでいたせいかあまり前をよく見ておらず、向こうから歩いてきた誰かにぶつかってしまう。

「っあ、すみません」

咄嗟に謝ると、ぶつかってしまった人物はロンドニアの制服に身を包んだ男子生徒だった。鋭い目つきが私を捕える。思わず身体が固まってしまった。
彼はただじっと私を見つめる(睨みつける?)だけで、何も言おうとしない。もう去って良いということなのか。そんな風に黙り込まれてしまうと困る。
 しばらく沈黙が続いたのち、彼は「ああ…」と何やら思い出したように薄く口を開いた。

「ジェノックのメカニックか」
「え?」

思わず間抜けな声が出てしまう。どうして彼は私がメカニックだと分かったのだろうか。よく分からない。私が混乱していると彼はフッと私から目を逸らしてすたすたと去って行ってしまった。
ひとり取り残された私は、首を傾げて彼の後ろ姿を見つめる。(何だったんだろう…)なんだか感じの悪い人だ。あまり関わらない方が良い類の人かもしれない。
私は小さくため息を吐いて、また寮へと足を進めた。






「まこ」
夕食を済ませるとリンコが声を掛けてきた。高くはないが低すぎない心地の良い声に反応して振り向くと、リンコは今日のウォータイムのことで話があると言ったから私はリンコと一緒に部屋に向かう。
そこまで長い話ではなかったようで、部屋に戻るまでに用件は済んでしまった。

「それじゃあ、付き合ってくれてありがと、まこ」
「どういたしまして。また何かあったらいつでも言ってね」
「うん。分かった」

リンコはドアノブを回そうとした手を止めて、「おやすみ」と私に微笑む。そんな笑顔に私は少し顔を赤くしてしまい、慌てて顔を逸らして挨拶を返した。
部屋に入り、小さく音を立てて閉めたドアに寄りかかる。(不自然に、思われなかった…かな、)不安とときめきが頭を埋め尽くす。

 私はリンコのことが好きだ。友達としてではなく、恋愛対象として。それはもちろん公にできることではないので誰にも言っていないのだが、あまりにも顔に出てしまう自分が恨めしい。アラタやカイトやらに何度か「まこってリンコのこと好きなの?」と冗談で聞かれたことがあったが、あちらは冗談のつもりでもこっちからしてみればご名答すぎてハナマルをあげたいくらいなのだから、焦ってしまうわけで。
そんな危なっかしい日々を過ごして、もう随分経つだろう。自分が同性愛者だと気付いたのは、この神威大門統合学園に入学してからだ。私の初恋は、リンコという可愛らしい"女の子"。考えれば考えるほどに自分の人間性を疑う。

(もう寝よう…)

結んでいた髪をほどき、ベッドに横になる。ああそういえば、結局さきほどのロンドニアの彼は何だったんだろう。リンコとの絡みですっかり忘れていたが、彼はあまりにも不可解だった。法条ムラクほどの優秀かつ有名な生徒ならば納得もいくが、私は優秀でもなけえば有名でもない。それなのにどうして私のことを知っていたのだろうか。

 まあ、あまり気にするほどのことでもないのだろうけど。



 20140118