unubore | ナノ
「っん、う…ッ」

息が苦しくて伊丹君の胸を強く叩くと、ようやく唇が離れて私はバッと伊丹君から距離を取った。
乱れた呼吸を整えながら、精一杯に目の前の彼を睨みつける。伊丹君は制服の袖でごしごしを唇を拭いながら辛そうに目を歪めた。その目が本当に辛そうで苦しそうで、私は思わず心配して伊丹君の肩に触れようと手を伸ばす。

「い…伊丹く
「触んな」
「、」

ぴしゃりと心の中で何かが音を立てた。拒否されることがこんなにも悲しいことだなんて思わなくて、ただただ何も言えずに行き場を無くした手を引っ込める。
(…なんで、今更、)
私はこんなにも伊丹君に触れたいんだろう。逃げられても無視されても拒否されてもまだ折れていない自分の心が、まるで自分じゃないみたいだ。

「…さっきの、本気じゃなかったよね」
「……」
「脱がして犯すなんて、伊丹君そういう人じゃな
「テメェに何が分かるんだよ!!」

伊丹君が顔を上げて思いきり私を怒鳴りつけた。ひどく歪な顔で私を睨みつけたまま、何度も「ふざけんな」と繰り返す。そんな彼を、もはや怖いなんて思わなかった。私がまた伊丹君に手を伸ばそうと思ったその時、伊丹君が掠れた声で言う。

「…なんで、俺じゃねぇんだよ……」
「、え…?」

この声を聞くのは三度目だ。
聞いてるこっちまでもが苦しくて辛くなるような声。私はこの声が嫌いだ。伊丹君にはこんな声じゃなくて、こんな顔じゃなくて、もっと……

 もっと、笑っていてほしい。


「くそっ…くそ!!なんでだよ…」
「い、伊丹く、」
「俺が女だったら良かったのかよ…!!!」
「…!!」

(え、?)伊丹君は地面を殴りながらそう叫ぶ。そんな伊丹君の言葉に私は目を丸くして彼を見つめた。
 その言葉の意味が分かって、やっと、私は伊丹君から目を逸らして口元に手をやる。どういうことだ、何だこれは、と突然の展開に戸惑っている頭を落ちつけようと必死になった。
(伊丹君は…私のこと、が、好き……?)
そう心の中で言ったと同時に、心臓がこれでもかと騒ぎ出す。きっと顔も赤くなっているだろう。今まで伊丹君があんなに構ってきたのは、好きだったからなのか。じゃあどうして今、こんなにも私を嫌がっているのだろう。考えれば考えるほどに訳が分からなくて、私は伊丹君に視線を向ける。

「伊丹君」
「何、だよ…」


「伊丹君は、よく分からない人だね」


ゲームは、伊丹君の負けだよ。



 20140312