unubore | ナノ
 伊丹君と話さなくなって、1週間が経とうとしていた。
今まではわざわざ寮まで来るほどのしつこさだった伊丹君が、ぱったりと私の前から姿を消した。というよりも、私を無視するようになったのだ。私がジェノックの仲間といる時はもちろん、私が一人でいる時すら話しかけてこない。完全におかしいと思った私はこちらから尋ねてやることにした。


(……とは言ったものの)
どういうタイミングで会いにいけばいいのだろう。どんな顔をして伊丹君を呼べばいいのだろう。そもそも伊丹君はどんな顔で私に言葉を返すのだろう。余計なことが気になって仕方ない。私は本当に伊丹君に掻き回されてばかりだ。悔しいにもほどがある。
 そんなことを考えながら私は今日も学校へと向かっていた。朝早いのにちらほらと他の仮想国の生徒が近くを歩いている。ふとその中に、深緑色の制服を見つけた。

「!!」

 あの後ろ姿は間違いなく伊丹君だ。私は思わず足を止めてその後ろ姿を見つめる。
(こ、声掛けるなら、今だ……っ)
この際"当たって砕けろ"だ。使い方が少し間違っているような気もしたが私は早足で伊丹君との距離を縮める。じゃりじゃりと自分の足音だけが妙に響いているような気分だった。

「――伊丹君…!」

私の声と同時に、伊丹君の足が止まる。伊丹君がゆっくりと振り向いた。その瞬間、不思議な気持ちに包まれる。(あ、れ……)私今、すごく嬉しい気がする。

「……あ、あの…」

久しぶりすぎて何を言えばいいのか分からなかった。鼓動がだんだん速くなる。目の前に、伊丹君がいる。いつぶりだろう。ああそっか1週間か。伊丹君は何も変わらない。私はどうだろう。伊丹君から見て私は少し変わっただろうか。ごちゃごちゃ考えすぎて、伊丹君に声をかけてからの沈黙が一体どれくらい続いたかすら分からなくなっていた。10秒?1分?いやそれ以上かも知れない。周りの生徒は私たちなど気にせずに次々と学校へ向かっていく。
 伊丹君は黙ったまま私を見つめていた。何か言ってくれても良いのに……

「…ひ、ひさし、ぶり……」

何とか絞り出した声が震えていることに気付く。あれ、もしかして今の私、すごく馬鹿馬鹿しいことをしているんじゃないだろうか。私は伊丹君のことが大嫌いなのに、伊丹君も私のことが大嫌いなのに、もう関わりたくないって、関わったら駄目だって決めたのに。
そんなことを考えるうちに声が出なくなってしまった。

「………」
「…馬鹿だな、お前」
「え、っ」
「お前さ…――

「まこー!!」

急に後ろから聞こえたアラタの声が、伊丹君の声を遮ってどんどん近づいてきた。さすがに私も伊丹君もびっくりして口を閉じる。私がアラタに返事をするために振り向いて伊丹君に背を向けた途端、伊丹君はスタスタと去って行ってしまった。

「おはよ、まこ!」
「あ、うん、おはようアラタ。珍しいね…こんな朝早くに」
「? どうしたんだ?なんか……」
「え?」
「…やっぱいいや。何でもない!」

アラタはどこか誤魔化すように笑って、私の手を引っ張りながら学校へと走る。私はそれに苦笑しながら、教室に着くまで二人で他愛もない話やら面白い話をして笑いながら教室に到着した。

(結局、伊丹君とちゃんと話できなかった、な)

もどかしい気持ちがまた一つ、募っていく。


 20140213