unubore | ナノ
 ひどく目覚めの悪い朝だ。瞼が重い。昨晩の記憶はほとんどなかった。
(…伊丹君、)
悔しい。何もかも伊丹君にかき回されて、混乱させられて。

「っ…あぁ、もう…」
もう会いたくない。(また彼に会ってしまったら、これ以上彼と関わってしまったら私は…)その続きは、大きなあくびにかき消された。




「まこ!?スゲー隈だぞ!」
「えっ?」

教室に着くとアラタが吃驚した顔で私を見る。その隣にいたハルキも心配そうに「眠れなかったのか?」と聞いてきた。眠れなかったも何も、昨日の記憶が全くと言っていいほど無いのだから自分が眠ったかそうでないかすら分からない。

「う、ううん。大丈夫だよ」

笑って誤魔化したつもりだったが、ハルキの顔から不安は消えない。それに比べて鈍感なアラタは「そっか!今日はちゃんと寝ろよ!」と笑って返してくれた。しかしそんなアラタの横で心配そうに私に何か言おうとするハルキの言葉を遮って、私は言う。

「本当に…大丈夫だから」

苦し紛れにハルキに言い聞かせた言葉を、ハルキが信じてくれるとは思わなかった。一体ハルキがどんな顔をしているかなんて見なくても分かる。

「あとで、話がある」

(ああ、ほら)
ハルキはいつだって私の嘘に騙されてくれない。





 昼休み。
今日は何だか皆と一緒に食事をする気になれず、私は一人で屋上に来ていた。

「はぁ…」
深いため息を吐いて、昼食のパンを口に運ぶ。美味しいはずのパンが不味く感じた。頭には伊丹君のことばかりで、ますます気分は落ちていく。頭に浮かぶのがリンコのことばかりだったら、どれだけ美味しいパンになるだろう。私はそんなことを考えながらパンを無理に口に詰める。

しばらく誰もいない屋上を満喫していたのだが、突然ドアが開かれたかと思いきや聞き慣れた声が聞こえた。

「やっぱりここにいたのか…」

声の主はハルキだ。

「は、ハルキ…」

ハルキは少し速足で私に近づき、隣に座った。私は気まずさに襲われながらもパンを口に運んでいく。だんだんと口の中がパサパサになってきた。(ジュースくらい買っておけば良かったかも…)

「…まこ」
ひどく真剣な声だ。私はゆっくりとハルキに視線を向ける。

「ロンドニアの生徒と、何かあったんじゃないのか」
「!」

一瞬は驚いたものの、私はすぐにまたパンを食べながらハルキに言った。

「…なにもないよ。ハルキは心配しなくて大丈夫だから」
「だったら、」
「!?っ」

ハルキはいきなり私の肩を強く押した。それにより私は屋上の地面に倒れ込んでしまう。手から零れ落ちたパンがどこかに行ってしまった。私はパンを探そうとしたのだがそれはハルキによって阻止される。
 いつの間にか、私はハルキに組み敷かれていた。

「ハ、ハルキ…どうした、の…?」

いつもと違うハルキに、戸惑いが隠せない。
私が焦りで震えた手で優しくハルキを押し返そうとした途端、ハルキは歪な顔で私を怒鳴った。

「だったら、そんな目をするな…!」
「っ、……」

ハルキの怒鳴り声を聞くのは初めてじゃない。アラタとヒカルがジェノックにきたばかりの頃、2人(主にアラタ)に対し何度も怒鳴っていたのは日常茶飯事だったし、それは私たちも聞き慣れていた。それなのに、このハルキの声はすごく怖くて、いつもの聞き慣れた声じゃない。ましてやハルキがこんなことをするなんてありえなかった。

「ハルキ…っ」

怯えた声でハルキを呼んでも、答えてくれない。今にも泣きそうな私の顔に、ハルキの顔がだんだんと近づいてくる。不意に、いつしか伊丹君が言った言葉を思い出した。

『アイツぜってェお前のこと好きだぜ』

(ハルキは…、ハルキは、伊丹君とは違う…!!)
私はまたハルキを押し返そうとハルキの胸に手を当てた。しかしその手はあっさりとハルキに掴まれてしまい、そのまま地面に押し付けられる。

「まこ、――………、」
「!!!」

ハルキの言葉がうっすらと耳に届いたと同時に、私はハルキにキスをされた。


 20140210