unubore | ナノ
「まこ、さっきは大丈夫だったか?」

朝礼が終わると一番に声を掛けてくれたのはハルキだった。どうやら先ほどのことを心配してくれていたらしい。私は机に伏せていた顔を上げてハルキに答えた。
「ああ、うん。大丈夫だったよ」
「そうか…」

ちょっと安心したようにそう言ったハルキに、私は「ありがとう」とお礼を言う。ハルキは何に対してお礼を言われたのか分からないと言わんばかりの顔をしたけど、すぐに優しく笑ってくれた。
それから少し話をしたのだが、私の小隊の仲間がロストされたことについてこれからどうするか、どのような作戦を立てていくのかハルキに聞かれたから、私はハッキリと答える。

「今までと何も変わらない。私たちはこれからも変わらず戦うよ」

自分なりの、正直な回答だった。きっと小隊長も同じことを言うだろう。それを分かっているのかハルキは「お前たちらしいな」と言って笑った。

 ハルキは、バンデットの…グルゼオンの正体が伊丹君だということを知らない。それは言うべきか言わないべきか、私は迷っていた。別に、あっさりと言ってしまえば良いことなのに。まさか私は伊丹君のことを庇っているとでもいうのか。(いやそんなはずは…)あんな男を庇って何になる。私はそう自分に言い聞かせて、また今日のウォータイムに臨んだ。




 今日のウォータイムにも、やはりバンデットが現れた。
いつものように機体はボロボロにされ、他の仮想国ではロストされた機体も少なくなかったらしい。幸いジェノックは誰一人ロストされずに終わったが、それでもやはり許せない。バンデットの狙いは何なのか。ただ単に無作為にLBXをブレイクオーバーやロストさせて楽しんでいるだけには思えなかった。

 いつものように、いや、いつも以上にダメージをくらってしまったLBXを修理するために私は寮へと向かう。徹夜とまではいかないが、結構な時間がかかりそうだ。
部屋に着き、道具を広げてからしばらく経った時だった。カチャカチャと修理をする音だけが響く部屋に、もうひとつ音が増える。

「まこ」

声の主はリンコだった。私は急いでドアを開ける。

「リンコ…どうしたの?」
「ごめん、忙しい時に。何か私に手伝えることないかなって思って…」
「!…手伝って、くれるの…?」
「うん。できることなら何でもするよ」

私はあまりの嬉しさに快くリンコを部屋に招き入れた。リンコと二人きりというこの状況に、だんだんと鼓動が加速していく。私はそれがリンコにばれないように椅子に座った。そしてリンコにいくつかの作業を頼み、また私の部屋には修理をする音だけが響き出す。




「…あのさ、まこ」
「ん?」

突然真剣な口調でそう切り出したリンコに私は作業をする手を止めずに返事をした。
リンコも同じように、作業をしながらまた口を開く。

「この前の…私のこと睨んでた人の、ことなんだけど」
「!……それって、」

(伊丹君の、……)
私は少しだけ手を止めてリンコを見つめる。リンコは少し俯きながら続けた。

「…あの人、すごい怖い顔してた」
「え…?」
「なんか、忘れられなくて…」

リンコは少しだけ怯えたような顔をして、そう言った。
やっぱり、リンコが言っているのは伊丹君のことなのだろう。何となくそんな気がしてならなかった。少し沈黙が続いてからリンコが苦笑し、
「急にこんな話してごめんね、まこ」
とまるで自分の気持ちを抑えつけるようにしてそう言ったものだから私は思わず椅子から立ち上がり、リンコの肩に優しく触れる。

「リンコ……大丈夫、だよ」

好きな人が、目の前にいる。目の前で、とても不安そうな顔をしている。私は、どうしようもない気持ちが奥底から溢れて理性を失いそうになってしまった。
 小さく震える手を誤魔化すようにリンコをゆっくりと抱きしめる。優しい匂いがした。とても、柔らかい。女の子の身体は柔らかいと言うけど、実際自分では分からないものだ。だけど今こうしてリンコを抱きしめて、確信した。

(ああ、私は、どうしようもない)
あの時伊丹君に言われた言葉が頭に響く。

『この、レズ女』


「っ、……リンコ、」
私はリンコが好きだ。伊丹君なんか、好きにならない。

「気にしないで、大丈夫だよ」
「…うん…ありがとう、まこ…」
「誰かに何かされたら、絶対、私が守るから…っ」
「…うん、うん……ありがとうまこ、」
「リンコ」
「、……まこ…?」

リンコの肩にしがみつくようにして抱きつく私の背中に、リンコの手が触れる。私は心臓がドキリと高鳴るのが分かった。
(好き、)

今にも口から零れてしまいそうなその言葉と気持ちが、私の中いっぱいに広がる。リンコは私のことを、きっと仲間としか思っていないのだろう。もし私が男の子だったら、なんて、そんなくだらないことを考えた。

(せめてこのまま……)

「ごめん、もう少しだけ…」

(本当はずっと、こうしていたい)


「…まこは、もっと頼って良いんだよ」
「! …え……」
「仲間がロストさせられた時も、そうだったよね。今にも泣きそうな顔してふらふらになりながらも、一人で保健室に行って一人で帰って来た。帰ってきてからも、ずっと…一人だった」
「、……っ」
「今みたいに、こうして甘えてくれれば良かったのに」

リンコの優しい声が耳元で響く。

「仲間なんだから」
そう言って温かく笑いながら私の頭を撫でたリンコの"仲間"という言葉に、私は少しだけ胸が苦しくなるのを感じた。


 20140128