unubore | ナノ
 ここ最近色んなことが起こりすぎて頭がパニックになりかけていた。
いつもより早く目が覚めて、まだ少し薄暗い空を窓越しに見つめる。時計を見ると5時だった。そりゃこうも薄暗いわけだ。私は重苦しい身体を起こして部屋を出る。制服に着替えている暇なんてない。私には行かなければならない場所があった。


 寮を出てしばらく走り、船着き場に辿り着く。
私は息を切らしながらもある人物を探していた。昨日のウォータイムでロストした隊員だ。
しばらく周りを見渡すようにして探していると、見慣れた青い制服が目に入る。ジェノックの制服を着た生徒が大きめの荷物を持ってこちらに歩いて来ていた。間違いない、あれは私の隊員だ。まさに待ち人来たるとはこのこと。私は息を切らしているにも関わらず全速力で彼に掛け寄る。

「まこ…!」

どうやら彼は私に気付いたようで、目を丸くして私を見つめた。
「もしかして…来てくれたのか」
「あ、当たり前だよ、仲間なんだから!」

叫ぶようにそう言うと、彼は少し嬉しそうに笑ってくれる。そんな笑顔を見て少し安心したものの、やはり彼がこの島を出て行ってしまうという現実を改めて実感させられた。彼の足元に置かれた荷物に目をやって、無意識に顔が歪む。
(まだ、一緒に戦っていたかった)
すると彼は私の気持ちに気付いたようで、優しい口調で私に告げた。

「まこ、今まで本当に世話になったな」
「そんな、私は………メカニック、失格だよ」

だんだんと自分の声が小さくなるのが分かる。私を責めようともしない目の前の彼に罪悪感で一杯だった。

「精一杯メンテナンスしたつもりだったの…これなら大丈夫だって思って、ウォータイムに臨んだ……、でも…っ私が未熟なせいで、」
「それは違う」
「!」
「まこは未熟なんかじゃないさ」
「……未熟、だよ…」

ひどくやるせなくて俯けば、ぼたぼたと涙が重力に従って地面に落ちて行く。ひとつふたつとコンクリートに染みができて、それは止まることを知らないようだった。そんな私の涙を見た彼は、黙ったまま私の両肩に優しく手を置く。それに少し驚いて顔を上げると、彼も、今にも泣きそうな顔をしていた。

「…これからも、ずっと…一緒に戦いたかった」
「、……っわたし、も…」
「最後に一つだけ聞いてほしいんだ。まこ」
「…?」

彼は私の肩を引き寄せるようにして手に力を入れたが、すぐに我に返ったように手の力を抜く。震えた声で彼が言った。

「好きだった。ずっと」
「、…え……?」
「まこがメンテナンスをしてくれるから、俺は敵を恐れることなく戦えたんだ。…全部、お前のおかげだよ」

一語一句漏れることなく、それはしっかりと私の耳に届く。
 悔しくて、もどかしくて、また涙が溢れた。
彼が私を好きだったことも、彼がそんな風に思っていてくれたことも知らなくて。今更、私は彼に何もしてあげられない。気付けば私たちが一緒にいられなくなる時間は刻々と迫っていた。

 一度は我慢した彼の手が、船の出発を2分後に控えたその時、制御が外れたように強く私を抱きしめる。1秒2秒と時間は進んでいく中で、彼はまるで自分の顔を隠すようにして私の肩に顔を埋めた。小さく鼻をすする音が聞こえて、彼が泣いているのだと気付く。私は彼に「ありがとう」と告げて、その背中を優しく撫でた。

「いつかまた、会えるよ」
「…ああ。絶対、会いに来てくれ」
「うん。…その時は…」
「、」

彼と目が合って、私は薄く息を吸い込む。いつも優しい笑顔を浮かべている彼に、涙は似合わなかった。

「また、LBXバトルしようね」
「!……ああ、もちろんだ」

笑顔で返してくれた彼に私も笑い返す。するともう船が出発するらしく、彼は少し急ぎめに船へと乗り込んだ。そんな彼の後ろ姿が見えなくなる前に、私は少し遠くにいる彼に聞こえるような大きな声で言う。

「好きになってくれて、ありがとう…!」



彼は照れ臭そうに笑っていた。





 20140123