unubore | ナノ
「グル、ゼオン……」


 私は重い身体を起こして、伊丹君を睨みつけた。
あの日もらったキャンディは、あんなに美味しかった。謎の多い彼だったけど、仲良くなれたら良いと思った。気付けばいつだって伊丹君を気にするようになって、彼にだけは嫌われたくないと強く願った。それなのに、それなのに。伊丹君との思い出が全て泡のように消えていく。
(最悪、最悪、最悪)


 最悪だ。


「……らい、」
ぽつりと零れた声は、ひどく掠れていた。

「だい、きらい、っなん、で……最低、だ」
「まあ別に良いぜ、それでも」
「っ!?」

ギシリとパイプベッドが音を立てる。伊丹君が私にのしかかるようにして近づいてきた。慌てて逃げようとするも、身体の両脇に手を置かれてしまい逃げ道は塞がれてしまう。(なんで、どうして、なんで…!!!)

「いや、だ、っいやだ…!!」
ぼろぼろと涙を溢れさせながら伊丹君の胸を叩く。これでもかというくらい力を込めて、何度も何度も叩いた。伊丹君なんか大嫌いだ、伊丹君がロストしてしまえば良いのに、という言葉を苦し紛れに叫びながら。
しかしこの世には男女の差というものが存在するわけで、私の抵抗は空しく両腕をベッドに押し付けられてしまった。あまりの恐怖に涙が乾く。見開いた目で伊丹君を見つめると、その整った顔がだんだんと近づいてきた。


「っ―――ん、う」


私の唇に伊丹君の唇がくっついて、そのまま時間が止まってしまったかのようだった。ショックのあまり抵抗すらする気になれず、私はされるがままにキスを受け入れる。
(リンコ、)
心のどこかでか細くリンコを呼ぶと、伊丹君はまるでその声が聞こえたかのように舌打ちをした。

「さっさとやめちまえ」

吐き捨てるように告げられたその言葉は、メカニックのことを言っているのだろうか、リンコのことを言っているのだろうか。分からないけど、何となく、リンコのことを言ってるような気がした。私はひどく目を歪ませて、伊丹君を見つめる。





「この、レズ女」



苦しそうな声だった。



 20140121