unubore | ナノ
 悲劇はウォータイムで起きた。
私の小隊の一人が、バンデットのグルゼオンによってロストさせられたのだ。ショックは何よりも大きかった。まるで今の不安定な私の気持ちに追い打ちをかけるようなこの悲劇に、私は完全に心を折られてしまう。いつも笑顔だった仲間が、私たちの顔すら見ずに荷物をまとめに寮へと向かって行くのを、ただ呆然と見つめることしかできなかった。何で、どうしてこんなことになったのだ。心が痛い。何もしてあげられない悔しさはいつまで経っても消えることなく、夕飯の時間になっても私は部屋から出ることができなかった。



 翌日になっても私の心が立ち直ることはなく、ふらふらの足で登校する。
(バンデットだけは、許せない)私が精一杯メンテナンスした仲間の機体が、あんなにもあっさりとロストさせられるだなんて。バンデットが強すぎたのか、私の腕が未熟すぎたのか。はたまた両方か。私は自分に絶望していた。
 教室に着くと、本当なら誰よりも早く席座っているはずの仲間が、そこにいない。ひどい眩暈に襲われた。きっと、もう神威島から去って行ってしまったであろう仲間の笑顔が頭に浮かぶ。昨日まで、仲間と一緒に戦っていたのに。確かに、私の隣にいたのに。同じ小隊の仲間のロストがこんなに辛いなんて思わなかった。今度は胃が痛くなる。私はさすがにマズイと思い保健室に行くことにした。



「失礼します」

いつもより長く感じる廊下を歩き続けやっと保健室に辿り着く。ドアを開けると日暮先生と目が合った。
「日辻か。最近本調子じゃないみたいだな」
「…大丈夫だと、思ったんです、けど…」
「聞いたぞ、仲間のこと」
「…そう、ですか」
「……責任を感じてるんじゃないのか?」
「っ…、」

日暮先生は立ちあがり、ゆっくりと私に近づく。そして目の前に立った日暮先生は私の肩を優しく叩き、言い聞かせるように私に言った。

「悪いのはお前じゃない」
「……は、い…」
「あまり自分を追い込むな」
「…分かって、ます」

どうやら日暮先生も今の私がまともな状態ではないと思ったようで、しばらく黙ったまま私を見つめた後、なにも言わずにベッドを使わせてくれた。
 このパイプベッドには最近よくお世話になっている。保健室に来ることは良いことではないが、どうしてか保健室はすごく落ち着くのだ。

いつもは感じないような重みがずっしりと私に圧し掛かっているようだった。胃はキリキリと痛むし、頭はぼーっとして何も考えたくない。私は横向きに寝っ転がったまま自分の身体を抱きしめる。(もう、いやだ)また仲間がロストしたら、どうしよう。そんな不安ばかりがぐるぐると頭を巡っていた。

 しばらく身体の力を抜き、布団を被ることも忘れてボーっとしていると、ガラガラと保健室のドアが開く音が聞こえてくる。どうやら日暮先生が保健室を出て行ったようだ。これでようやく、一人きりになった。
(…静か、だなぁ)
気付けば、頬に冷たい雫が伝う。雫はだんだんと量を増していき、遂には洪水のように溢れてくる。

「っ……う、ぁ…」

何も考えたくないのに、ロストさせられた仲間のことばかり考えてしまう。どうにか、仲間のロストを防ぐ方法はなかったのだろうか。バンデットの攻撃に怯まずに、もっと、ちゃんと仲間をサポートしてあげられたなら、きっと、違う結果が待っていたのだろう。ああなんだ。結局は私が悪いんじゃないか。そんなことさえ頭に浮かんだ時だった。
いきなりカーテンが開いて、誰かが私が横になっているベッドに近づいて来る。(だれ、だよ。こんなときに)ぼやぼやしたままの頭で相手に毒を吐くと、はっきりとしない視界に深緑の制服が映った。ロンドニアの制服だ。だとしたら、考えられる人物は一人しかいない。
(伊丹君、)


「サボりか?チビ」

そんな言葉を浴びせられてムカついたが、反論する気力すらない。私はぴくりとも動かぬまま、口だけ動かして伊丹君に言った。

「もう、メカニックなんてやめてしまいたい」

自分でもびっくりするくらい冷め切った声だ。
 今この状態で一番会いたくないのは、他の誰でもない伊丹君なのに。どうして伊丹君はこんな時に限って現れるのだろう。私なんかに関わって、どうしたいのだろう。ああもう、何も考えたくないのにさっきから考えてばかりだ。
すると伊丹君はとんでもないことを言い出した。


「お前んとこの隊員も、あっさり死んでいったな」


(、え…?)私は今日初めて伊丹君に視線をやった。それでも脱力しきった身体は動かない。伊丹君は無表情で私を見つめていた。そしてまた、続ける。

「まあ少しは手応えもあったし、40点ってところか」


 間違い、ない。


「グル、ゼオン……」


グルゼオンは、伊丹君だ。


 20140120