pleatsskirt | ナノ
 土曜日。
眠りから覚めてリビングへ行くと、ヒカル君が朝食の食パンを食べながらテレビを見ていた。ヒカル君は私に気付くと「おはよう」と声を掛けてくれる。
(…そうだった)
ついうっかりだらしない寝起き姿のままリビングに来てしまったが、ヒカル君がいたんだった。誰かと暮らすという感覚があまりにも久しぶりすぎてなかなか慣れない。私は着替えるため、また自室へと戻った。


 着替えを終え、改めてリビングへ行くとヒカル君が何やら出かける準備をしているようだ。

「ヒカル君、どこか行くの?」
「ああ。買いたい物があるんだ」

ただでさえ目立つ顔立ちと綺麗な金髪、知っている人が見ればすぐにあのアニメの星原ヒカルだと分かってしまうだろう。できればその容姿で外に出るのは控えた方が良いとも思うが、本人がそう言うならば仕方がない。私は「そっか」と返事をし、鞄に財布と携帯を詰め込んだ。それを見たヒカル君は不思議そうに首を傾げる。

「…君も出かけるのか?」
「うん。ヒカル君について行こうかと思って」
「! ……そうか」

あっさりと頷いたヒカル君に、私は少し驚いてしまった。
(嫌じゃないのかな)
ヒカル君はあまりに物分りが良すぎてたまに心配になる。彼が一人で出かけるのが心配だからと思い自分で言い出したくせに、「ついて行って良いの?」と聞いてしまった。ヒカル君は黙って頷いた。


 そんなこんなで私達は二人で家を出る。
「ヒカル君はどこに行きたいの?」
もしも私が知っている場所ならばせめて案内くらいはできるだろう。
ヒカル君は少し悩んだ後、静かな声で「本屋」と答えた。真面目なヒカル君らしいと素直にそう思ったが、何の本を買うのかな。もしかして参考書とか?(いや、それはないか…)そういえばヒカル君はたまに部屋に籠ってしばらく出てこないことがあるけれど、一体何をしているのだろうか。そんなことを考えながらヒカル君の隣を歩く。

「すごい良い天気だね」
「そうだな」
「……」
「……」
「………」

家を出て五分くらい経っただろうか。あまりにも弾まない会話に私は苦笑してしまう。まだ午前中だということもあり、すれ違う人は少なかった。
 それからしばらく歩き本屋に着く。本屋に入っていくヒカル君の目が少しだけ楽しそうに見えたのは気のせいかもしれない。

「どんな本を買うの?」

私が小さな声でそう問いかけると、ヒカル君はまた少し答えに悩んでいるようだ。もしかしてどうせこいつに言っても分からないだろうとか思われているのだろうか。
「ほら、これだよ」
「え?」
私がそんな勝手な想像をしているうちにヒカル君は目当ての本を見つけたらしい。嬉しそうな顔で本を手に取って私に見せる。私はその本のタイトルと著者を見て、目を丸くした。

「これ、って……」
「君のお父さんの本だ」
「で、でもこれすごく難しい本だよ?ヒカル君まだ中学生なのに…」
「話の内容は何となく分かる。それに、雰囲気だけでも十二分に楽しめるからな」
「……へえ…そう、なんだ」

すごい。隣に立っている彼は中学二年生のはずなのに、私よりも年上に感じる。やはり頭の出来が違うとこうも差が出るものなのか。私がそんな馬鹿なことを考えているうちにヒカル君はさっさと本をレジに持って行ってしまった。本気で買うんだ、あの本。

 ヒカル君はレジを終えるとすぐに本屋を出ようとした。
「もう良いの?」
「ああ」
「そっか。じゃあ帰ろう」
「…君は良いのか?」
「え?うん。私はヒカル君について来ただけだし」

平然とした表情でそう返すと、ヒカル君は少し驚いたような顔を見せる。(私ヘンなこと言ったかな…)そんな顔をされると何だか恥ずかしいような気分になってしまうじゃないか。しかし私はそれを隠すようにして「早く帰ろう」とヒカル君を急かした。




 あと一分くらいで家に着こうとしている時、向こうから歩いてくる一人の男の子を見て私は思わず足を止める。

「あ」
反射的に漏らしてしまった声にヒカル君は反応した。すると、立ち止った私に気付いたのか男の子も目を丸くして足を止める。彼は同じクラスの長宮君だ。

「おー名字じゃん」
「奇遇だね、長宮君」

気付くや否や笑顔で挨拶してくれた長宮君に少し気分が高まり、私も笑顔で返す。私は咄嗟にヒカル君が彼の目にしっかり映らないよう、隠すようにしてヒカル君の前に立った。

「そうだな。あれ、もしかして名字の兄弟?」
「えっ、あ、ううん、親戚の子だよ」
「へえ…どうりで似てないわけだな」
「!」
長宮君が星原ヒカルのことを知っていないか冷や冷やしていたけれど、それを聞いて少し安心した。

「それより長宮君、どこか行くの?」
「ん?ああ、兄ちゃんにパシられてコンビニ行くんだよ。牛乳買って来いって」
「あれ、長宮君ってお兄さんいたんだ」
「まあな。ホンット人使い荒いんだぜ、困っちゃうよなー」
「あはは、なんか大変そうだね」

 それからしばらく長宮君と雑談をし、それが終わるとすぐにお互い手を振って別れてから改めてヒカル君に視線をやった。「ごめんね、つい話し込んじゃって」と謝罪すると、ヒカル君は「別に大丈夫だ」と素っ気なく返す。やっぱり怒っているのだろうか。だとしたら悪いことをしてしまった。
そう反省する私に、ヒカル君は意外な質問を投げかけた。

「あいつのこと好きなのか?」
「え、な、何で?」
「随分と楽しそうだったから」
「うーん、普通だと思うけど…友達としては好きだよ。長宮君面白いし気さくだし」
「…そうか」

何だか腑に落ちないとでも言わんばかりの顔をするヒカル君。私はどうしたらいいのか分からず、とりあえず早足で家へと歩く。

「……」
「…面白くもなければ気さくでもなくて悪かったな」
「えっ、何か言った?」
「何でもない」
「ひ、ヒカル君なんか機嫌悪い?」
「悪くない」
「顔こわいよ?」
「僕はいつもこんな顔だ」

ヒカル君は嘘が下手だ。
 結局それから家に帰るまでヒカル君は一度も口を聞いてくれなかった。


 20140519