pleatsskirt | ナノ
 朝。私はソファの上で目を覚ました。
どうやら私は昨晩あのまま寝てしまったようだ。膝の上には星原君がここに来た時に着ていた青い制服が掛けてあった。きっと気を遣ってくれたのだろう。時計を見るともう7時で、私は大急ぎで学校に行く支度を始める。星原君はまだ寝ているらしい。テレビをつける余裕もなく、ご飯を食べる暇もない。やけに静かな朝だった。
 私はすぐに支度を済ませて学校へと向かおうとしたが、ふと星原君のことが頭に浮かんだ。もし星原君が外出したくなった時に困らないよう、合鍵を机の上に置いておこう。
それから慌てて家を出ていつもより2つ遅い電車に乗ったが、何とか学校には間に合った。






 長い一日を終えて学校から帰宅すると、星原君の白い靴が朝とは違う位置に置いてあることに気付く。どこかに出掛けたのだろうか。だとしたら合鍵を置いておいて正解だ。私はリビングへと向かい、ガチャリとドアを開ける。するとソファに腰を掛けたまま俯いている星原君の姿があった。

「…星原君?」

返事は返ってこなかった。あまりに暗い雰囲気に、私は思わずドキリとしてしまう。もちろん悪い意味で。

「ど、どうしたの?どこか具合でも…」
「ここには…」
「え?」
「ここには、LBXがないのか…?」
「…LBX…?」

確かLBXは星原君が存在していたアニメに登場する小型ロボットのことだ。私はその場に立ち尽くしたまま星原君を見つめた。すると星原君は頭を抱えて、「やはりここは何かがおかしい」と掠れた声で呟く。そんな彼を見て私は少し焦った。
 星原君は、自分がこの世界の人間ではないことに気付いてきている。しかし私がいきなり「貴方はアニメの世界の人間だ」と伝えて大丈夫なのだろうかという不安がぐるぐると頭を巡っているのだ。

「僕は…、一体……」
「星原君…」
「ここは僕の知っている日本じゃない」

その言葉に、私は決心して口を開く。

「…星原君は……こことは違う世界から来たんだよ」
「!?」

私がそう告げると、星原君は目を見開いて私を見つめた。その瞳は、私の言葉を完全には信じていないようだ。まるで「何を言ってるんだ」と言わんばかりに凝視して、何も言わずに唖然としている。そんな彼に胸が締め付けられるような気分になりながらも私は続けた。

「この世界には、ダンボール戦機っていうアニメが存在するの」
「! ……ダンボール、戦機…」
「瀬名アラタと出雲ハルキと法条ムラク、それに……」

信じられないというような顔をしたまま微動だにしない星原君。そりゃそうだ。私が星原君の立場でもきっと同じ反応をする。いや、今の星原君より酷いかもしれない。ふざけるな、でたらめを言うなと相手に怒りを感じるだろう。それでも私はハッキリと言い放った。


「星原ヒカル」




 しばらく沈黙が続き、私は耐えきれずに星原君から視線をずらした。星原君は驚きのあまり言葉が出ないのか、それとも何か考え込んでいるのか。私には分からなかったが、星原君が大きなショックを受けたのは確かだった。
しかし星原君は途端に立ち上がり、取り乱したようにリビングを出て行こうとする。そんな彼の腕を私は咄嗟に掴んで、「どこに行くの」と問いかけた。それに答えようとした星原君の肩は微かだが震えていて、私は思わず腕を掴んだ手を離してしまいそうになる。
彼の口から、昨日の落ち着いた彼とは思えないような声が零れた。

「……僕は帰る。世話になった」
「か、帰るって…一体どこに」
「そんなの、っ…わからない…!」
「だったらここに
「君はおかしいんじゃないのか!!」
「っ、…!?」

怒鳴り散らすようにそう叫んだ星原君に、私は目を丸くする。しかしそんな私の顔を見ようとせずに、星原君は俯いた。

「…僕はっ…君からしてみれば得体の知れない生き物だ…どうしてここに来たのかも、どうやって来たのかも分からない……分かるのは、僕がこの世界の人間ではないということだけだ」

星原君の声がだんだんと小さくなり、ついには今にも消えてしまいそうな声で星原君は言う。

「そんな僕に……"ここにいろ"だと…?そんなの、……信じられないに決まってる」

 そりゃそうだ。全ては星原君の言う通り。私はおかしいのだろう。得体の知れない彼をあっさりと家に泊めて、挙句の果てに"ここにいろ"だなんて。普通に考えればそんなの簡単に信じられるわけがない。星原君が私を疑うのも当然だ。だけど私は、どうしてか分からないけど、彼の助けになりたいと思った。私にできることはないのかと。どうにかして彼が元の世界に戻れる術を探そうとまで思ったのだ。本当に、どうかしてる。
(でも、それでも私は…)

「ただ単に、放っておけないだけだよ」
「、」

私は苦し紛れの笑顔を浮かべて、星原君の後ろ姿を見つめる。彼は振り向くことはなかったけど、私の話にしっかりと耳を傾けているようだった。

「ここを出てどこに行くの?貴方が在るべき世界にいつ帰れるかも分からないのに」
「っ、それは……」
「私は星原君のことを何も知らないけど…それでも、助けになりたいって思う」
「!!」

そんな私の言葉に、星原君は目を丸くして振り帰る。驚きを隠せない彼と、ばっちり目が合った。それが少しだけ嬉しくて、私はまた星原君に笑いかける。

「ここにいてよ」

(私には、それしかできないから)
言葉にはしなかったそれを星原君は感じ取ったのか、身体ごと私に向き直って、気まずそうに肩を下ろした。それを見て私は無意識に彼の腕から手を離す。行き場を失った手が、スルリと重力に従って落ちていった。

「……少しの、間だけ…世話になる」
「!」

少し照れ臭そうに目を逸らして私にそう言った星原君を見つめて、私は大きく頷きながら満面の笑みを浮かべる。

「よろしく。星原君」



 改めて、私と彼の同居生活が始まった。



 20140123
 20140131 修正