pleatsskirt | ナノ
 夕方になると担任の先生から電話が掛かってきた。どうやら、今まで皆勤続きだった私が休んだことを珍しく思い心配してくれたようだ。朝の電話で体調不良だと伝えたはずなのに、どうして休んだんだ?やら本当に大丈夫か?なんて聞いてくる担任に少し笑ってしまう。
とりあえず明日は行くと伝えて電話を切る。するといつの間にかリビングに入ってきた星原君が不思議そうに私を見つめていた。

「どうしたの?星原君」
そう問いかけると星原君は「あ、いや」と軽く首を振って、静かな声で言う。

「一体誰と電話してるのかと思って」
「ああ、今のは担任の先生だよ」
「担任?」
「うん。私が珍しく学校を休んだから心配して電話くれたみたい」
「…そうか」

どうやら星原君の疑問は解けたようで、納得したように頷いていた。
 私は電話機から離れてテレビをつける。静かだった部屋が少しだけにぎやかになった。私はいつもこうして孤独感を和らげているのだ。一人暮らしをしてからだいぶ経つし、それなりに一人ぼっちには慣れたのだがやはり夜は心細い。暗くて静かな夜はあまり好きではなかった。
しかし星原君は首を傾げて「何か見たいテレビがあるのか?」と聞いてくる。

「ううん、特にはないよ」

私が平然とそう言うと星原君は少し驚いたようにテレビに目をやった。どうやら彼は見たい番組がある時しかテレビをつけない人らしい。「そうか」と短く返して、暇そうにソファに座った星原君を見た私は「お風呂入ってきたら?」と伝えた。

「いや、君が先に入ってくれ。僕は後で良い」
「そう?」

もしかして遠慮をしているのだろうか。私は少し考えた後、お言葉に甘えて先に入ることにした。でも何だか申し訳なかったから、明日の一番風呂は星原君に入ってもらおう。そんなことを思いながら脱衣所へと向かった。







 私がお風呂から出ると星原君は一冊の本をじっと見つめていた。私は静かに星原君に近づいて、声を掛ける。

「その本、私のお父さんが書いたんだよ」
「!…そうなのか?」
「随分前だけどね、作家をやってた頃があったんだって。それはその時に書いた本らしいの」

すると星原君は本を開いて、本を読み始めた。私が小さい頃にお父さんが書いた本を何度か読んだことがあるけれど、あの時は難しくて何が書いてあるのかすら分からなかった記憶がある。星原君は本が好きなのかな。あの本の内容は中学二年生には難しいかもしれない。しかしすらすらと本を読み進めていく星原君に私はかなり驚いた。

「その本、面白い?」
「ああ、すごく面白い」
「そうなんだ…」

私は唖然と星原君を見つめる。もしかしたら彼は高校生の私よりも頭が良いかもしれない。ちょっとショックだ。

 それからしばらく経って、星原君が本を机に置いた。私がそれに気付き「お風呂、入ってきなよ」と言うと星原君は小さく頷いてリビングを出て行く。一人になった私は、薄く息を吐いてソファに腰掛けた。
(なんかちょっと、落ち着かない)
誰かと一緒にいるのは、今まで一人ぼっちだった私にとってすごく嬉しいことだ。驚くほどに孤独感を感じないし、何より安心する。だけど、一緒にいる相手、つまりこれから一緒に暮らす相手は男の子だ。それも、アニメの世界から来た不思議な男の子。明日になったらもう在るべき場所に戻っているかもしれないし、一年後もずっとここにいるかもしれない。とにかく今は何も分からないのだ。
 私はまた息を吐いて、ぐったりとソファにもたれかかる。

(……でも、星原君は、良い子だ)

中学生なのにうるさく騒いだりしないし、文句や愚痴もほとんど言わない。遠慮をしているだけなのかもしれないけど、彼が私に気を遣ってくれているのは事実だ。
 うっつらうっつらと重くなる瞼を、私はゆっくりと閉じる。
(眠い、…)
起きてもまだ、星原君はここにいるだろうか。彼はどうやったら在るべき世界に戻れるのだろう。彼の好きなものは何だろう、仲間はどんな人達なのだろう。私が彼にしてあげられることは、あるだろうか。色んなことを考えるうちに、私の意識は暗闇の中へと沈んでいった。



 20140122