pleatsskirt | ナノ
 そんなこんなで始まってしまった夜更かしはあまりにも気まずくどうしようもないものだった。二人してコントローラーを握ったまま一時停止。静かすぎる部屋に響きわたる時計の音とゲームの効果音が唯一の救いだ。


「……」
「……」
「………」
「………」
「……さっきは、悪かった」
「、え……」

先に沈黙を破ったのは、いつもとは違って弱弱しいヒカル君の声。私は思わずコントローラーを持つ手を緩めてヒカル君に目をやる。先ほどの冷たい声とは違い、少しばかり掠れた声だった。ぽつりぽつりと反省の言葉を零すヒカル君に、私は少し驚いてしまう。

「朝…君に酷い態度をとって、傷付けて……帰ってきたら謝ろうと思っていたのに、また、それができなくて君を傷付けた」
「ヒカル君……」
「本当に自分勝手な感情で、……呆れた、だろ」
「そんなことないよ」

戸惑うより先に出た言葉に、ヒカル君は目を丸くした。そんなヒカル君に言いたいことはたくさんあったけど、もう一つしか覚えていない。

「ヒカル君の気持ち分かってあげられなくて、気付いてあげられなくてごめん」
「っ、君が……」
「え…?」
「君が、あいつと仲良くしているのを見て…不安になった」
「!」

思わぬ言葉に驚いてヒカル君を見つめれば、両手をぎゅっと握り締めたヒカル君がまるで自分を叱るかのようにきつく唇を噛み締めた。

「僕だけに構うわけにはいかないのは重々承知だ。それに君には、友人がいて……でも僕には、」
「…ヒカルく、」
「頼れる人間が、君しかいないから」

より一層手に力を込めたヒカル君。時計の音も、ゲームの効果音も、もう耳には入っていなかった。私は思わずヒカル君に手を伸ばして、綺麗な金髪に優しく触れる。その瞬間、丸く開かれたスカイブルーの瞳が私を捉えた。

 ヒカル君はきっと、ずっと不安だったんだ。ここがどこかすら分からなくて、信じきることすらできなくて、自分がいつどうなってしまうのかすら分からない。そんな中で私のことを頼るなんてプライドが高いであろうヒカル君にとっては簡単な話じゃないはずだ。いつも無表情ばかりで素っ気ないから私は彼の不安に気付いてあげることができなかった。


「ごめん」


 咄嗟に零れた言葉。色んな感情が私を責め立てて、もう、これが精一杯だ。
俯いたまま何度か柔らかい髪を撫でると、ヒカル君は無言のまま私の腕を掴んでそのまま私の体ごとソファに押し付ける。突然のことに私は短く声を漏らした。目の前にあるヒカル君の顔は悔しそうに歪んでいて。抵抗しようと思ったのに、どうしてかそれができなかった。

「ちょ…ヒカル、くん……?」
「僕は…っ僕はまだ中学生だけど、難しいことだってちゃんと理解できる…!」
「、」
「僕はガキじゃない」

その目が、声が、表情が。あまりに必死で、あまりに強く私に訴えてきて。
掴まれた腕が痛いこととか、顔が近くて緊張してしまうこととか、もうどうでも良かった。
(ヒカル君は……)


「…面白くもなければ気さくでもなくて悪かったな」


ヒカル君は、一人で置いていかれるのが怖かったんだと思う。私がヒカル君の知らない誰かと親しげにしているのが嫌で、……でも、あれ?それって何か…

「……ヒカル君、」
「…悪い。全部忘れてくれ」
「ヒカル君」
「!……」

無理に話を逸らそうとしたヒカル君に対し、少し強い口調で彼の名前を呼んだ。するとヒカル君は黙ったまま私に目をやって、そのまま見つめる。まだ掴まれた手はそのままだった。

「ヒカル君は、特別だから」
「、」
「じゃなきゃここに居て良いなんて言わないし、ご飯だって作らないし、きっとすぐに追い出すよ。…そうしなかったのは、ヒカル君のこと助けたいって思うからなんだよ」
「…っ……」
「だから
「名前」
「!…え……」

言い掛けたと同時にヒカル君が私の腕に力を込めた。少し痛かったけどあまり気にせずに顔を上げる。ヒカル君は今にも消えてしまいそうなくらい小さな声で、言った。


「抱き締めても、いいか」


 その言葉を聞いた瞬間、心臓が大きく音を立てて鼓動を速めた。今まで気にしていなかった"異性"という意識を今更実感してしまって顔に熱が集まる。私より大きな背。いつもは女の子みたいに澄ました表情をしている顔が、今はちゃんと男の子の顔をしていて。頭が爆発してしまいそうだ。「いいよ」なんて恥ずかしくて言えるわけがない。

 緊張と焦りのあまりしばらく固まっていると、どうやらそれを察したのか
「拒まないなら、していいって捉える」
と私の背中に優しく手を回す。じわり、じわりと服越しに肌を滑る手がやけに熱く感じた。

「ありがとう」

優しい声色でそう言いながら、ヒカル君は私をぎこちなく抱き締める。ぴったりとくっついた体は、思っていたよりもしっかりしていて少し驚いた。

「…ここに来て出会ったのが名前で良かった」
「私も…不謹慎かもしれないけど、ヒカル君が来てくれてすごく、楽しいよ」

 ――だからこれからも、ここに居てほしい。
言ってはいけない本音を心の中に隠し、そっとヒカル君を抱き返す。
まだ分からないことだらけだし、ヒカル君のことも少ししか把握できていない。だからこそ知りたくて、教えてほしくて。好きな食べ物とか、好きな色とか、嫌いなものの話もしたい。もっと、たくさん話がしたい。

「ねえヒカル君、」

誰かに特別扱いをされるのが嫌で、まだ高校生なのに一人暮らしをしていて可哀想だと思われるのが嫌で、ずっと一人でも平気だと見栄を張ってきた。でも本当は助けてほしいと思うこともたくさんあって、一人ぼっちの夜はいつになっても慣れないし、一人ぼっちの朝はどうしても心細いし、誰かにおやすみって言ってほしくて誰かにおはようって言ってほしくて。そんな私の前に現れたのは、一人の中学生。それもアニメの中の、どう考えても私とは相性が合いそうにない男の子。擦れ違うことの方が多くて仲良くなるにはもっと時間が必要だけど、でも、

「仲直りしよう」

私はヒカル君におやすみって言ってほしいし、おはようって言ってほしい。
いつまで続くか分からないこの生活の中で、少しでもヒカル君に笑っていてほしいとそう願った。


 20141006