pleatsskirt | ナノ
 家に着くとヒカル君は見当たらなかった。どこかに出掛けたのかと思ったが靴はあったし部屋の明かりも点いている。一応ヒカル君の部屋を覗いてみたがやっぱり居ない。
(お風呂かな…)
とりあえず部屋着に着替えて夕飯の支度を始める。と、やはりお風呂に入っていたのだろう、髪を下ろしたヒカル君がリビングへと入ってきた。

「あ…」

私を見るなりどこか気まずそうな顔をしたヒカル君に、私は笑顔で声を掛ける。

「テーブルの上にパンあるよ。コンビニのだけど好きなの食べてね」
「!……ああ、…」

朝、家を出た時はヒカル君に対して怒りを覚えていたが今思えば私も少し敏感になりすぎたのかもしれない。ここは年上らしく穏便に済ましてしまおうと思い、冷蔵庫を開けた時だった。

「これ…買ってきたのか?」
「ううん、友達がくれたんだよ。ほら、この前会った男の子」
「!」
「景品の大きいぬいぐるみが欲しいからパンに付いてるシール集めてるんだって」
「……」
「あ、もしかしてヒカル君もぬいぐるみ欲し
「いらない」
「えっ…」

私が冷蔵庫からにんじんを取り出してヒカル君に向き直ると、彼は今朝と同じ表情をしていて。思わず間の抜けた声で「何で?」と言ってしまった。

「…いいから、いらない」
「だ、だってヒカル君お腹空いて…」
「空いてない」

 まただ。
眉間に皺を寄せて冷たい声でそう言うヒカル君に私はもうわけが分からなくなってしまって、それ以上何も言わずにヒカル君に背を向ける。せっかく仲直りできると思っていたのに、結局今朝と同じになってしまった。私の何が気に食わないのか、まだスカートのことを怒っているのか、一人で考えても何も解決しない。

 気まずい沈黙に耐えかねたのか、ヒカル君は自分の部屋に籠ってしまった。





「ああもう……」

 一人で夕食を食べ終えて、そのまま机にうつ伏せる。するとひんやりとしたテーブルの感触が頬に伝わって、何だか少し寂しくなった。
(そういえばこういうの、久しぶりかも…)
一人きりの部屋で夕食を作って、食べて、それでもまだ一人きり。改めてヒカル君という存在の大きさに気付いたのは良いが、当の本人は部屋で何をしているのかすら分からない。もう、分からないことだらけだ。それはきっと私と彼が異性同士だからとか、歳が違うからとか、そういうのじゃない気がした。

(…次元が、違う…から)

まだヒカル君がここに来てそんなには経っていないけど、何となくもう慣れてしまったこの生活。いつ終わるかも分からないのは重々承知だが、それでも、楽しい時間はやっぱり楽しくて。
だから早く、仲直りしたいのに。


 考えれば考えるほどに気分が沈んでいくから、いっそのこと気晴らしにゲームでもしようと思い素早く準備を始めた。
何ヶ月ぶりかに電源を付けてみれば、懐かしいメニュー画面が映し出されて早速少し気が晴れる。
(えーっと、どうやるんだっけ)
ゲームはあまりやらない方だが、このゲームだけは随分と長い期間やっていた。ゆるいのに奥が深くて攻略が難しい。だからこそ色々調べて少しずつ進めていって、そういえば、このゲームを始めた頃はまだ家族全員この家に住んでいたような記憶がある。

 両親が海外に行くことが決まった時、私はものすごく反対した。今まで住んでいたこの家を離れたくなかったのもあるし、友達とも離れたくなかったから。色んな理由があったけど、今はここに残って良かったと思っている。
(…とは言っても、今はこんな状況だけど)



 いつの間にか慣れてしまった手つきでコントローラーを動かしていると何だかんだハマってしまい、時間が経つのを忘れていた。
時計を確認するともう十時を回っていて、私は慌ててゲームの電源を切ろうと手を伸ばす。しかしそれと同時にリビングのドアが開いたから私の視線はそちらに向いた。

「……ヒカル君?」

小さな声で彼を呼ぶと、案の定そこにいたのはヒカル君。

「ごめんね、起しちゃった?」

ゲームの音で起こしてしまったのではないかと思いそう言うとヒカル君は気まずそうに目を逸らして「…いや」と否定する。
しばらく何ともいえない沈黙が続き、私は再びゲームの電源を消そうと手を伸ばした。しかしそれは、ヒカル君の言葉により阻止されてしまう。

「それ、面白いのか?」
「え?あ、うん。面白いよ」
「…そうか」
「あ……ヒカル君も、やる?」

たしかもう一つ、コントローラーがあった気がする。そんなうっすらとした記憶に頼り棚の中を探ってみれば、やっぱり二個目のコントローラーがしまってあった。

「ほら、これ」
なるべく自然に普通に、コントローラーを差し出すとヒカル君は少しの間それを見つめてから、ぎこちない手つきで受け取ってくれた。



 20141002