AIkurushii | ナノ
「森乃」
「あ、神童さん」
練習が終わりタオルで汗を拭いていると神童さんが声をかけてきた。私は手を止めて神童さんを見つめる。すると神童さんは私の肩にぽんと手を置いて言った。
「神童で良い。それより、森乃はもともと美術部だったんだろう?それなのにサッカーの上達は大したものだ」
「えっ、そうか?」
「ああ」
「自分じゃなかなか気付かなかったけど…上達してるなら嬉しいや」
思わぬ褒め言葉にそう言って笑うと神童も少しだけ笑った。
「だがたまに気が抜けている時がある。そこを改善すればもっと伸びるぞ」
「!ああ、ありがとう神童」
タオルを握りしめてお礼を言うと神童は「それじゃあ」と言って合宿所に戻って行く。私はその場に立ちつくし、神童の後ろ姿を見つめた。

(ほ、褒められた…)
何となく自分でも、サッカーは自分に合っているような気がしてた。だけどそんなの自意識過剰なだけだろうと思ってただ単にサッカーを楽しんでいたけど、まさか神童ほどの実力者に褒めてもらえるとは。すごくすごく嬉しくて、もっと頑張ろうという気持ちが湧いてくる。

「やけに嬉しそうだね」
「!」
一人で小さくガッツポーズをとっていると後ろから皆帆に声を掛けられた。私は振りかえって皆帆に笑いかける。
「神童にさっ、サッカー上手くなったって、もっと頑張ればもっと伸びるって!褒められたんだっ!」
思わず高いテンションで皆帆の両肩に手を置いて喜んでしまったが、皆帆もまるで自分のことのように笑ってくれた。
「それは良かったね。森乃君にはきっとサッカーの才能があるんだよ」
「ほ、ほんとか…!?」
「もちろん嘘は言わないよ」
「!、ありがとう皆帆!」

あまりに嬉しいこと続きだったため私は上機嫌で皆帆の手を握る。
しかしその瞬間、皆帆が私の手を見てやけに不可解そうな顔をしたのに私は気付かなかった。

「それじゃ、合宿所に戻るぞ!」
私がいつもより大きな声でそう言うと皆帆はすぐにいつもの笑顔に戻って「そうだね」と私の横を歩く。握りしめたタオル、いつものように疲れ切った体、そしてこれから先にどんなサッカーの楽しさが待っているのかという期待。それを一身に感じながら、私たちは合宿所へと向かった。



 今日もいつものように夕飯が終わって、それぞれお風呂の準備をしていた。
私は男装しているという理由や大勢で入るお風呂が苦手なこともありいつも皆が出た後に一人で入っていたから、今日も皆よりゆっくり準備を進める。
しかしそんな私の行動に突っかかってくる人がいた。

「ゆうき、皆と一緒に風呂入らないの?」
「えっ、あ、キャプテン…」

声をかけてきたのはキャプテンだった。キャプテンはキョトンと首を傾げながら私に問い掛ける。しかし真実は話せないため、「実は大勢で風呂入ったりするの苦手でさ…」と苦笑しながら返した。(うん、嘘は付いてない!)
だがキャプテンは私の苦笑もお構いなしに私の腕を掴みお風呂場へと歩き始める。

「っちょ、ちょっとキャプテン!?」
「ゆうきは皆と入ったことないからそんな風に思うだけだよ!実際皆と入ってみたらきっと苦手意識なんか無くなるって!」
「!?そ、そういう問題じゃなくて…!」
「どうしたんだ?」
「!つっ、剣城!」

私がキャプテンの腕を振り解こうともがいていたら私たちに気付いた剣城が寄ってきたため私は涙目で助けを求める。
しかし何と説明したら良いのか分からずにひたすら目で訴えれば察してくれたようで剣城はキャプテンの腕を掴み止めてくれた。

「天馬、こいつが苦手って言ってるんだから無理矢理連れてくのはやめろ」
「えー…分かったよ、ごめんなゆうき」
「あ、いや良いんだ」
思ったよりもあっさりと私の腕を離してくれたキャプテンはすごく素直だ。というよりも、剣城のことをすごく信頼してるから剣城の言うことは聞くんだろうな。

 皆がお風呂に行ってからしばらくして、一番にお風呂から出てきたのは剣城だった。
私は皆を待っている間に絵を描いて待っていることが多く、今日も絵を描いていた。首にタオルを掛けた剣城が私に気付いて声を掛ける。
「何を描いてるんだ?」
「ああ、これ。花を描いてるんだよ」
私の絵を覗き込む剣城に、モデルにしている花を見せた。この花は合宿が始まって少し経ってからショッピング街に行った時に買ったものだ。花の種類は私の好きな赤いチューリップ。剣城は私の笑顔を見て、「綺麗だな」と共感するように笑ってくれた。

「森乃はどうして一人で風呂に入るんだ?」
「えっ、」
「何か理由があるんじゃないのか」
「…そ、それは…何と言うか、」
私が口ごもって俯くと、剣城は何となく考え込んでから私の肩に手を置く。
「別に無理に言わなくて良い」
「あ…ありがとな、剣城」
「お前も色々と大変なんだな」
少々同情気味に苦笑した剣城に、何となく可笑しくなって「なんだそりゃ」と突っ込めば剣城も良いノリで返してくれた。剣城は思っていたよりも百倍くらい良い奴!


 それからしばらく剣城と話していたらだんだんと皆もお風呂から出てきて、私は全員がお風呂から出たのを確認した後やっとお風呂に向かった。



 20130917