AIkurushii | ナノ
 今日もいつものように合宿所に朝がやってきた。
私はジャージを羽織って部屋を出る。今日は何だか調子が悪い感じがした。たぶん風邪か何かだと思うが、日本代表の選手がそんなこと言ってられない。
朝の空気を感じる廊下を歩いていると、少し前の方に井吹の後ろ姿を発見した。

「井吹!」
だいぶ大きな声で井吹を呼ぶと井吹は私に気付いて足を止める。
「おう、ゆうき」
「おはよ。井吹も食堂行くのか?」
「ああ。まだ少し早いが、もう誰かしら食堂にいるだろうからな」
「そうだな、俺も一緒に行って良い?」
「もちろんだ」

井吹のその言葉に私は笑顔を浮かべて井吹の隣を歩く。
しばらく歩いて食堂に着くと、そこにはさくらと神童と剣城がいた。三人は私たちに気付いてそれぞれ挨拶をした。だけど神童だけは井吹を見てすぐに視線を逸らす。やっぱり神童は井吹に対して冷たい。もちろん井吹もそれを分かっているようで、神童を睨むように見つめてから席についた。

「おはようさくら」
私がさくらに声をかけて隣に座ると、さくらも笑顔で返してくれる。
「ゆうき、意外と起きるの早いのね」
「い、意外ってなんだよ」
不意に、そうやって笑い合う私とさくらを何故か見つめていた井吹と目が合った。井吹は肘を付いて私とさくらをボーっと見つめていたのだが、私と目が合った途端に視線をずらしてしまう。よく分からなかったから私は何事もなかったかのようにさくらに視線を戻した。


 それからしばらくして全員が揃うと、皆帆がさりげなく私の隣に座って「おはよう」と笑いかけてきた。別に何のたくらみも無さそうな笑顔に私も思わず笑顔で返してしまう。
「おはよ、皆帆」
「昨日、野咲さんと随分楽しそうだったね」
「え?昨日…?」
皆帆に言われた言葉を脳内でリピートし、昨日の出来事を想い返す。
ああ、昨日はさくらと一緒にグレープジュースを…(ん?どうしてそれを皆帆が知ってるんだ?)

「み、皆帆…何でそれ知ってるんだ?」
「たまたまお茶を買いに自販機に行ったら楽しそうに話している君たちを見つけたんだよ。声をかけようか迷ったんだけどあまりに楽しそうだったから邪魔をしちゃあ悪いと思って部屋に戻ったんだ」
結局お茶は買えなかったけどね、と可笑しそうに笑いを零した皆帆の説明に私は「ああそういうことか」と納得した。だけど皆帆は自慢げに笑って私を見つめながらとんでもないことを言いだす。

「野咲さんはもしかしたら、森乃君に気があるのかもしれないね」
「ぶっ!!」

いきなりそんなことを言うものだから吹きだしてしまった。
(な、なっ…!!)
「いきなり何言うんだよ!」
必死でそう怒鳴りつけると皆帆は少し驚いたように言う。
「ま、まだ僕の勘でしかないけどね。どうしてそんなに驚くんだい?」
「そっ、そりゃあ…」
俺は女だから!なんて死んでも言えない私はゴホンと誤魔化すように咳払いをして「そんなの考えたこともなかったから吃驚しただけ」と返した。すると皆帆はしばらく間をおいてから、「そっか」と言う。それはやけに気になる間だったが、私は気にしないように皆帆から離れた。

 それから皆と雑談や今日の練習の話をしつつ食事が終わると、それぞれユニフォームに着替えてサッカー場へと向かって行った。私も食事を終えてジャージを脱ぐ。しかしいきなり、それを阻止するように何者かに腕を掴まれた。

「……ま、瞬木?」
「やあ」

にっこりと笑顔を浮かべて私を見つめる瞬木。それはそれで良いのだが、どうにも私の腕を掴んでいるこの手が解せない。何がしたいんだ?と問い詰めるように見つめ返せば瞬木は笑顔を崩さずに言いきった。
「皆帆と仲良いんだね」
「は?」
「だってほら、さっきも色々話してただろ?皆帆すごい楽しそうだったし」
「い、いや…べつに仲が良い訳じゃないよ」
「そうなの?」
「ああ」
私が大きく頷くと瞬木は少し首を傾げて「ふーん、そうなんだ」とだけ残して去っていった。結局私の腕を掴んだ意味も皆帆とのことを聞いてきた意味も分からず、一体何なんだ?と疑問を浮かべながらジャージを脱いでサッカー場へと向かう。


(瞬木がよく分からないと感じ始めたとある朝のこと)


 20130912