AIkurushii | ナノ
「こうして二人きりで話すのは、何だか久しぶりだね」

 静かな部屋に和人の優しい声だけが響いた。
あれから昼食を終えて和人の部屋に来ていた私は、和人のベッドに腰を掛けたままさっきからずっと俯いている。そんな私を心配した和人が
「体調、悪いのかい?」
と背中を撫でながらそう言ってくれたけど、私は無言のまま首を横に振る。俯いているから和人の顔は見えなかった。久しぶりにこうして二人で話せているのに、私は何をしているんだろう。自己嫌悪に陥る私に、和人はまた優しく声を掛ける。

「…ゆうは」
「……う、ん」
「何かあったなら、隠さずに話してほしいな」
「………和人、だって…」

私は和人の腕をぎゅっと掴み、掠れた声を振り絞った。

「和人だって、瞬木と何話してたのか…教えてくれなかったじゃない」
「!」

気付けば視界が滲んで頭が痛くなる。俯いたまま黙り込む私を、和人はどんな顔で見ているのか分からなかったけど、すぐに温かい和人の掌が私の頬を撫でた。私は吃驚して顔を上げる。すぐそこには、困ったように私を見つめる和人の顔があった。

「見てたのかい?」
「…ちがう。宗正が言ってた」
「! …井吹君が?」
和人は驚いたように目を丸くした。しかしすぐに笑って、私の頭をぽんぽんと撫でる。

「瞬木君とは、少しだけ話した後、一緒にサッカーをしたんだよ」
「、……」
「…話と言っても、君のことを自慢しただけなんだけど」
「! え…?」

私が驚いて顔を上げると、和人はにっこりと笑って私を見つめた。

「不安にさせて、ごめんね」
「…和人……」
「そんなことより」
「!」

和人はそう切り出すと私の隣に腰を落とす。そして、先ほどのように
「何かあったんじゃないかな?」
そう言った。しかし私は固く口を閉じて和人から目を逸らす。和人はそんな私をじっと見つめたまま、静かな声でつづけた。

「顔に書いてあるよ」
「、っ」

私はそんな言葉に肩を上げて和人に視線を戻す。和人は「ゆうはは本当に分かりやすいね」と言って笑った。和人の顔はひどく優しくて、優しすぎて。私はぎゅっとズボンを握り締めながら、ゆっくりと口を開く。

「…ずっと…騙し続けるなんて、したくない」
「!」

私の言葉に和人はまた目を丸くした。

「ここにいる皆は…っ、こんなにも大切な仲間たちなんだ。ちゃんと、謝りたい…謝って、今までずっと騙し続けてきた責任を取りたい。っ…ずっと…そう思ってた」
「……責任って、まさか
「和人」

私は和人に真剣な表情を見せて、言う。もう、緊張などしなかった。

「夜の九時に、食堂に来て。…そこで全部、話すから」

和人はしばらく何も言わずに、ただ唖然と私を見つめていた。時間だけがただ過ぎていって、外の騒音が少しだけ聞こえてくる。いつだってそうだった。和人との時間は過ぎるのが早くて、それがちょっとだけもどかしくて。気付けば和人はとても辛そうな顔をしていた。まるで割れ物を触るみたいに私の手を掬い取り、ぎゅっと強く握り締める。和人の顔は、よく見えない。
 和人らしくない弱弱しい声が、部屋に響いた。


「……僕から、離れて行かないで」



私は目を見開いて和人を見る。私の手を握っている和人の手は、いつも温かいはずなのに。今は少しだけ冷たく感じた。

「…行かないよ、ずっと、私は和人の彼女だよ」
「僕が言ってるのはそういう意味じゃなくて」
「!」
「…君がここから居なくなることだけが、正しいなんて僕は思わない」
「……かず、と……」

和人は俯いたままだった。顔を上げずに、ただ必死に私の手を握りしめる。
(…痛いよ、和人)
心の中でそう呟いて、私は涙を零した。

「君がここから居なくなったらきっと僕は、
「和人、」

 和人は今まで、何度も私に"好き"と言ってくれた。全部、ちゃんと覚えてるんだ。優しい声も、悲しそうな声も怒った声も喜ぶ声も全部。私はこんなに和人が好きで、大切なんだ。
「…和人といると、すごくどきどきして、幸せだなって思う」
「、」
「和人がいないとすごく寂しいし、会いたくてたまらなくなるんだ」

私はゆっくりと目を閉じて、和人の冷たい手を温めた。
「…和人は、大切だよ」
「っ、僕だって…」
「!」

和人は急に私の手から離れたかと思いきや、今度は強く私を抱き締める。

「僕だって、何よりもゆうはが大切だよ」
「っ、和人…」
「本当は不安なんかじゃなくて、怖いんだ」
「!え……?」
「こんなに好きだから、大切だからこそ、君がここから居なくなったら二度と会えなくなるんじゃないかって…すごく、怖くなる」

そう言った和人の顔は、今までで一番寂しそうで。ああこんなにも和人は私のことを好きでいてくれたのだと嬉しくなる半面、和人に大声で「馬鹿」と怒鳴りたい気持ちも生まれた。私はそんな思いのままに、口を開く。

「馬鹿…!!」

和人をぎゅっと抱き返して、そう叫んだ。ふわりと香った和人の匂いは今までと何も変わらない。そうだ、和人も、私も、きっと変わることなんてない。
だから、
「大丈夫…。絶対に、大丈夫だよ」
そう和人に言い聞かせて、何度も和人の背中を撫でた。和人が私にしてくれたように。

「和人が不安になったら、怖くなったら、いつでも会いに行く。望むなら毎日だって和人のことこうやって、抱き締めるよ。だから、大丈夫」

すると和人は嬉しそうに笑って、私に触れるだけのキスをした。唇が離れると、すぐに和人が困ったような声で言う。

「だったら、毎日来てもらわないと」

じゃないと僕の心が持たないよ、と冗談っぽく言って笑う和人に、今度は私からキスをした。それは徐々に深いキスへと変わっていく。甘ったるい幸せに溺れていく中、私は無意識のうちに小さな声で言った。



「本当に、ありがとう」



 20140406