AIkurushii | ナノ
 翌日の朝、食堂に行く途中にさくらに会った。

「あ、おはようゆうき」

何の変哲もない笑顔を浮かべて挨拶してきたさくらも、私もなるべく自然な笑顔で返す。
「おはよう」
するとさくらは少し驚いたように目を丸くしてから、すぐに苦笑して私の背中を叩いた。「いてっ」と思わず間抜けな声が漏れる。さくらはそんな私に笑顔のまま言った。

「今日の夕飯、ハンバーグだって」
「へ?」
「昨日の夜、おばちゃんが言ってたの!」
「………」

そう言ったさくらの顔には、"いつもみたいに普通に話そうよ"と言っているようで。私は少し息を吸ってから、「練習が休みな上にハンバーグって、最高だな!」と笑って返した。するとさくらもホッとしたように笑ってくれる。

「今日の朝ごはんは何だろうね」
「朝ごはんは教えてもらわなかったの?」
「うん、聞きそびれちゃった」
そんな他愛もない会話を続けながら、私たちは食堂へと辿り着いた。するとすぐに瞬木を見つけ、私は瞬木に声を掛ける。


「瞬木」

私の声に反応した瞬木が顔を上げて私を見つめた。私は心を落ち着かせながら、瞬木に昨日和人と二人で何を話していたのか問い掛けようと口を開く。しかしそれよりも先に瞬木が私に言った。

「森乃は…」
「え?」
「森乃は、このままで良いのか?」

質問の意味が分からなくて私は眉を顰める。瞬木は私を睨むわけでもなく、けれど真剣な表情で続ける。
「野咲に本当のこと、言わなくて良いのかよ」
「!……」
やっと瞬木の言っている意味が分かり、私はぎゅっと両手で拳を作った。そして瞬木を見つめたまま、小さな声で言う。

「…今日の夜、九時になったら食堂に来てくれないか」

微かに、自分の声が震えているのに気が付いた。緊張からくるものなのか、掌にじわりと汗が滲む。瞬木は驚いたような顔で私を見つめた。初めて見る顔だった。

「ちゃんと皆に、事実を伝えたい。そしたらもう、」

ぎゅっと握りしめた手に力を込めて、私は俯く。どくんどくんと心臓が嫌な音を立てる中、瞬木は焦ったように口を開いた。
「お前、まさか……」
瞬木の声が、少しだけ遠くなる。お父さんに言われた言葉が頭に響いて、少しだけ頭痛がした。

『もう、大事な娘に嘘をつかせたくないんだ』



「ここから居なくなるなんて、言わないよな」


瞬木のそんな言葉が強く耳に響いて、私はそのまま逃げるように朝食のトレイを取りに行った。自然と歩くスピードが速くなる。どくん、どくん。心臓はまだ音を立てて動いていた。
(私は……)
痛いくらいに唇を噛み締めて、トレイにお皿を乗せていく。デザートのゼリーを取る手が震えて、ゼリーが床に落ちた。

(…もう、ここから消えるんだ)


 20140406