AIkurushii | ナノ
(瞬木視点)



 今日の森乃はひどく辛そうな顔をしていた。
休憩になった途端にだらしなく、というよりも腰が抜けたかのようにその場に座り込んだ森乃に俺は声を掛ける。

「どうしたんだよお前」
「!……ま、瞬木…」
明らかに元気とは言えない顔で振り返り俺を見上げた森乃に少しだけ鼓動が速くなる。
「具合でも悪いのか?」
「えっ、いやそういうわけじゃ…」

森乃はすぐに否定した。そして小さな声で
「…腰、痛いんだよ」
と続ける。俺はしばらく何も言わずに口を閉じたが、すぐに森乃を見つめ口を開く。

「昨日、皆帆の部屋に行ったんだろ」

その瞬間、森乃はバッと俺から目を逸らして俯いた。
(…やっぱり)
出会った頃よりも少しだけ伸びたであろう髪の隙間から赤い顔がほんの少しだけ覗いている。俺は心の底から嫉妬した。森乃の手がさりげなく腰を押さえていることから、森乃の突然の腰痛の原因として考えられることは一つしかない。

「……ちょっと話して、すぐ自分の部屋に戻ったけど」
「ヤったの?」
「!!?ッ、な、なっ…はあ!?」
「あれ違った?」

(こいつやっぱり、分かりやす過ぎだろ)
そう心の中で呆れつつ、森乃の大声に反応したキャプテンが「どうしたんだ?」と聞いてきたから森乃の代わりに「何でもないよ」と笑顔で返す。不意にこちらを見つめている皆帆と目が合って、俺は森乃と二人きりで話しているという優越感よりも皆帆に対する強い苛立ちを感じてしまう。

「…ホント、むかつく」
「、っえ……」
咄嗟に零れた俺の言葉に森乃は焦ったように俺を見た。それさえも何だかムカついて俺は森乃を睨みつける。ますます気まずい空気になったが、森乃はそんな沈黙を破り、悲しそうな声で謝った。

「…ごめん」
「は?」

何故謝られたのかよく分からなかったが、おそらく俺を気持ちを知った上で皆帆と身体を交えたことへの謝罪だろうと解釈してバツの悪い顔をしてしまう。また沈黙が流れ、俺は思わず森乃の頭を少し強めに叩いた。

「いたっ」
「そんな顔されたら、"幸せになれ"しか言えないっつーの」
「、え」
せめて、俺のことを"大嫌い"とでも怒鳴りつけて避けてほしかった。離れていってほしかった。そうしたらきっと、俺だって森乃をキッパリ諦められるだろうに。

「謝られても困る」
「……うん」

またそうやって悲しそうな顔をするんだ。人の気持ちばかりを考えてすぐに頭を下げるような奴、自分よりも相手を大切にしようとするから自然と周りに好かれるような奴、それが森乃だと俺は思う。俺の一番嫌いな、だけど好きになってしまった森乃という奴。
「今日はもう無理すんなよ」
これ以上森乃の顔を見るのが苦しくて、俺は森乃から目を逸らした。すると、森乃は少し嬉しそうに顔を上げて「瞬木」と俺を呼んだ。

「…なに?」
「ありがと」
「!」
「好きになってくれて、ありがとう」
「、っ………お前、さあ…」

俺は赤くなっているであろう顔を素早く片手で隠しながら呆れて目を瞑る。

「しばらくは、ぜってェあきらめないからな」

(……、ほら見ろ)
俺のそんな言葉にすら、"早く諦めろ"なんてことは絶対に言わない。だから森乃は、こんな俺みたいな奴に好かれてしまうんだ。
 ――もっと否定しろよ、もっと拒めよ、突き離して一人だけ笑っていれば良いじゃねえか。
そう心で思っているくせに、そんな森乃の優しさにまた溺れていきそうな自分を心底馬鹿だと思った。

向こうで井吹と話をしている皆帆にちらりと視線を向けている森乃の横顔を見つめて、俺は、自分の恋が一生かけても実らないという事実を実感する。こんなにも悔しいのに、腹立たしいのに、決して塗り替えることができない事実。


 もう森乃には、心から愛してる人間がいる。


「そろそろ休憩終わるから、いこう瞬木」
「…ああ」

控えめな笑みを浮かべそう言った森乃に俺は小さく頷いて、森乃と共にキャプテンたちの元へと歩き出す。森乃の顔色も、さっきよりは少しだけ良くなっているように見えた。こうして森乃を心配して隣を歩くのが、これからも俺だったら良いのに。俺は皆帆には勝てない。敵わない。
(もう終わりにしよう)
今だけ隣を歩いている彼女を盗み見て、俺は自分の恋に終わりを告げた。



 20140317