AIkurushii | ナノ
(皆帆視点)



 夜。
お風呂を済ませ、部屋で本を読んでいる時のことだった。
コンコンと控えめに扉を叩かれて僕は本から視線を扉へと移す。この控えめなノック音は、おそらくゆうはだろう。

「和人」

(ほら、やっぱり)
僕はパタンと本を閉じて椅子から立ち上がる。扉を開けるとそこにはTシャツ姿のゆうはが立っていた。

「やあ」

平然を装ってゆうはに笑顔を向ける。そんな僕の笑顔を見て、ゆうはもぎこちなく笑い返した。髪が濡れているのを見ると、どうやらお風呂上がりらしい。少しばかり紅く火照った柔らかそうな頬がいつもよりゆうはを大人っぽく見せている。

「お風呂上がりかい?」
「あ、うん。そうだよ」
「そっか。身体冷えると良くないから部屋入ってよ」
「…うん、ありがと」
「どういたしまして」

僕が扉を大きく開いてゆうはを招き入れると、ゆうははやはりぎこちない動きで僕の部屋へと足を踏み入れた。そしていつものようにベッドに腰掛けて、小さく口を開く。

「さっき…何か言おうとしてたよね?」
「! …ああ、別に大した話じゃないさ」
「……そっか」

ゆうはは何か言いたげに俯きながら足をぷらぷらさせている。僕はただ何も言わずにそんなゆうはを見つめた。
しばらくお互いに何も言わずに黙っていたが、ゆうはがスッと顔を上げて真剣な顔で僕を見る。風呂上がりだからだろうか、その顔はどこか赤く染まっているような気がした。

「…瞬木に、好きかもしれないって…言われたんだ」
「!!」

その台詞は僕の予想の上を行っていた。
(まさか…瞬木君がそんなことを言うなんて、)
どうしようもない動揺がぶわっと溢れてきて僕は何も言えなくなってしまう。そうかゆうはは知っていたのか。いや、そうじゃない、瞬木君はゆうはに伝えていたのか。自分の気持ちを。
色んなことを考えすぎてもはやパニック寸前な僕に、ゆうははさっきよりも少し大きな声でまるで恥じらいを誤魔化すように言った。

「び、びっくりしちゃったよ…瞬木、全然そんな素振りみせないからさ…!」
「…それは完全にゆうはが気付いてないだけだと思うけど」
「えっ」
「瞬木君がゆうはのことを好きだって、知ってたんだ」
「!!…そう、だった…の…?」

僕は小さく頷いてからゆっくりとゆうはに近づく。そしてゆうはの目の前に立ったと同時に、ゆうはの首元に優しく手を忍ばせた。

「もっと、自覚を持ってほしいよ」
「自覚…?」

戸惑ったように僕を見つめているゆうはを抱きしめるようにして距離を縮める。ふわりとゆうはの匂いが鼻を掠った。僕の好きな匂いだ。

「君は自分が思っている以上に、周りに好かれているんだから」

耳元で、しっかりと言い聞かせるようにそう囁けばゆうはの顔が真っ赤になる。
(そんな顔されると…困るんだけど)
そう心の中で呟いて、僕はゆうはの身体を優しくベッドに押し付けた。さっきよりも更に近くなった顔と顔。心臓がバクバクと音を立ててすごくうるさい。ゆうはの顔が真っ赤になっているのと同じように僕の顔もきっと真っ赤になっているのだろう。ゆうははふるふると震えた唇を必死に動かして言った。

「…前も言った、けど…」
「うん」
「私が好きなのは…和人だから」
「……僕も、同じだよ」

瞬木君には悪いけど、こればかりは譲れない。ゆうはは僕だけの愛しい恋人なんだから。

(…さっきまでの焦りと悔しさが、嘘みたいだ)
少しずつ乾いてきたゆうはの髪が僕の頬をくすぐった。思わず目を細めると、ゆうはが小さく笑う。嬉しそうに笑ったゆうはが、僕の耳元で「好き」と囁いた。ひどく甘く、可愛らしい声。
こんな声で好きなんて言われたら、さすがの僕も我慢できなくなっちゃうよ。

 僕はスルリとゆうはの頬を撫で上げて、細くて白い首筋にねっとりと舌を這わせる。その瞬間びくりと震えたゆうはの身体をぎゅっと抱きしめた。お互いの体温が少しずつ上がって次第に熱くなっていく。どきどきばくばくと鼓動が加速していく中、僕の理性が壊れるまで時間はかからなかった。

「か、和人…待っ
「誘ったゆうはが悪いんだ」



(このまま二人だけの世界へ行けたら良いのにね、なんて)


 20140227