AIkurushii | ナノ
 翌日の朝、目覚ましより三十分程早く起きれたため私はユニフォームに着替えてジャージを羽織り部屋を出た。
まだ朝早いせいか、空気が冷たい。私はジャージのチャックを閉めながら合宿所の出入り口に向かう。すると近くにオレンジ色の髪が見えた。あれは多分、皆帆だ。
するとどうやら彼もこちらに気付いたらしく、しばらく目が合って自然と距離が縮まる。皆帆は片手を上げて「おはよう」と挨拶してくれた。

「おはよう、皆帆」
名前間違ってたらどうしようかと思ったが、どうやら合っているようだ。
「森乃君、起きるの早いんだね」
「今日はたまたま早く起きただけだよ」
「そうなの?」
「うん」
そんな短い会話が終わり、私がどうしようかと周りを見渡すといきなり皆帆に肩を掴まれた。
「、え?」
咄嗟に間抜けな声が出てしまう。皆帆は何やら不可解そうな顔で私を見つめ、口を開いた。

「森乃君って…何だか一人だけ皆と違う感じがするね」
「…は、はい?」
「うーん、どうしてだろう。すごく興味深い。よく見るとすごく中性的な顔立ちだね。声も高いし…」
「!」

冷や汗が流れた。(ま、まずい、ばれた…?)
声が高いのはお前もだろ!と思ったが、まさかこんなにも早く男装がばれてしまうなんて思ってもいなくて完全に油断していた。自らを"頭脳担当"と言い張っただけあって、皆帆には注意した方が良かったのかもしれない。しかし皆帆はそんな私の焦りをよそに、悩みこんだ結果明るく笑い言ってのけた。

「君は女の子"みたい"だね」
「、へ?」
「その容姿なら女装させられた経験もあるんじゃないかな?」
「え、あ……はは、女装かあ…」

あまりにも平然とした口調で私の過去経験を推理する皆帆に何だか肩の力が抜ける。さすがの皆帆も、まさかチームメイトの一人が男装しているなんて思いもしないのだろう。安心したが、思っていた以上に油断してはいけないという事が分かった。
 気付けば結構時間が過ぎていて、合宿所からちらほらと皆が出てくる。その中に可愛らしい桃色の髪を見つけて私は思わず彼女、野咲さんを見つめた。すると野咲さんも私に気付いたらしく、ぱちっと目が合って野咲さんは焦ったように目を逸らす。(あれ?)もしかして私は嫌われているのだろうか。

 それからしばらくして練習が始まった。
しかし、やはりキャプテンと剣城と神童さん以外の皆は私も含め初心者のため、思うようにいかない練習が続く。そんな中、
「やった!キャプテンをかわした!!」
と、瞬木の嬉しそうな声が響き私は思わず瞬木を目で追った。
そこにはすごく嬉しそうに瞬木を褒めるキャプテンの姿もあり、私は何となくキャプテンを羨ましく思ってしまう。キャプテンは凄い人だ。会ったばかりの私でも分かるくらい、純粋で素直な強い人。そんなキャプテンの期待に答えられるように、もっと頑張らないと。そう決めた私は必死に練習を続けた。

 激しい練習がしばらく続くと一旦休憩となり、私達は体を休める。するとドリンクボトルを片手に、皆帆が話しかけてきた。
「さすが…日本代表のチーム、だね…すごい、ハードだよ、」
荒い呼吸を繰り返しながら途切れ途切れにそう言った皆帆が何だか少しおかしくて笑ってしまう。すると皆帆はもう何も言う気力がないのか私に無言でドリンクボトルを差し出した。

「…くれるの?」
また無言で頷く皆帆に感謝してボトルを受け取る。良い具合に冷えたドリンクはすごく美味しくて、この運動は、私がいつも家でやっている"家事"とは違う。同じ"疲れ"なのに、ここまで違うとは驚いた。サッカーは、何というか、すごく楽しい。
「ところで…」
「ん?」
私がそんなことに感動していると、少し落ち着いてきた様子の皆帆が不思議そうな顔で私に問いかけてきた。
「そのユニフォームは、君には少し大きいんじゃない?」
「えっ?」
「袖も、裾も、君に合ったサイズじゃないね。少し…いや、だいぶ大きいみたいだ。何か理由があるのかい?」
「ッ、ち、ちょっ…!」
そう言っていきなり私の襟元に手をやってサイズを確認した皆帆。これはさすがに驚いた。これ以上見られたり触られると、今はまだばれないかもしれないが、いずれかはばれてしまう。それはかなり宜しくない。一度ついた嘘は、どうにかして隠し通した方が色々と安全だ。
私は慌てて皆帆の手をどける。
「さ、サイズ、間違えたんだ。でもほら、少しくらい大きい方が風通しも良いかなって思うし、ね?別に気にする程のことじゃないっていうか、」
「…まあ確かにその通りだね」
「あ、ああ」

必死の言い訳が通じたようで、皆帆は何もなかったかのようにドリンクを口にする。
美味しそうにドリンクを飲む皆帆を見つめながら、私は確信した。皆帆はあまり好きではない。っていうか、苦手だ。皆帆はすごく小さなことも気にかけるし、それがどうしてかは分からないしただの趣味なのかもしれないが私にとっては良いことではない。非常に自分勝手な理由で相手に苦手意識を持つのは良くないのかもしれないが、やはり苦手になってしまったものは仕方ない。彼のことは避けるようにしよう。


 20130825