AIkurushii | ナノ
 朝食を終えてから一旦部屋に戻ろうと思い足を進めていると、たまたま食堂に入ってきた誰かにぶつかりそうになってしまい私は慌てて足を止める。目の前に立っていたのは瞬木だった。

「瞬木…!」
「ああ森乃」

瞬木が私の顔を見るなり「皆帆とは仲直りできたの?」なんて聞いてきたため、私は小さく頷いて「できたよ」と答える。瞬木の顔が少しだけつまらなそうな顔になったように見えたが気のせいだろうか。

「…そっか」

 何とも言えぬ沈黙が流れた。気まずいような、居心地の悪いような、そんな沈黙。何も言わない瞬木をちらりと盗み見ると目が合った。

「森乃は、皆帆のことどう思ってる?」
「はい?」
「いいから答えて」
「…み、皆帆は…仲間だよ。同じチームでサッカーやってて、一緒に生活もしてて…」
「そうじゃなくてさ」
「!」

瞬木はどこか機嫌が悪いように見えた。私は思わず瞬木から一歩離れたのだが、すぐに瞬木が近づいてきて私の手首をガシリと掴む。突然のことに何も言えず瞬木を見つめたが、今度は目が合わなかった。瞬木は無表情で私の手首を見つめながら言う。

「…手首、細いな」
「?いきなり何言って…」
「皆帆と付き合ってるだろ」
「!?」

心臓が嫌な音を立てた。ばくばくと鼓動が速くなって、嫌な汗が背中を流れる。
(瞬木は、いま、何て……)
付き合ってる?付き合ってるって、どの? "付き合ってる"にも色々あるし、そもそも瞬木は私をトイレに連れて行ってくれたあの日からすごく不可解だ。瞬木の前では私は男だというのにも関わらず女子トイレに連れ込んで挙句の果てに「こっちの方が良いのかな、って思って」だなんて。おかしい。おかしい。絶対におかしい。瞬木は私が女だということに気付いてる?いやでも、この前瞬木は私に「ゲイだったりする?」って聞いてきたんだ。(でも、だったら何で…)

 混乱している私を見つめた瞬木が、意味深に笑ってみせた。

「…最終確認だけ、させてよ」
「え?」

すると瞬木は何のためらいもなくスッと私の胸に手を当てる。
「っ、…!?」
驚きのあまり私は瞬木から距離を取ろうと足を浮かせた。しかしそれは掴まれた手首により不可能となってしまう。瞬木は納得したように何度か頷いてから、表情ひとつ変えずに口を開いた。

「…まぁ今更驚いたりはしないけどね」
「ッ、な、なに……」

瞬木はそれだけ言うと胸に当てていた方の手だけ離し、少しだけ声量を落として「森乃」と私を呼ぶ。私は訳も分からず、ただ瞬木の言葉に耳を傾けるしかできなかった。

「…これ、結構真面目な話なんだけど、さ」
「え……?」
「……好き、かもしれない。森乃のこと」

時間が止まったように感じた。私を見つめたままの瞬木も、今の言葉も、掴まれたままの手首だって全部。嘘だと信じたかった。ばれてしまったと、絶望した。今にも冷や汗が溢れてきそうな状況の中、瞬木がゆっくりと私の手首を引っ張って抱き寄せる。いつも感じてる和人の温もりとは違う、瞬木の体は少しだけ冷たかった。

「あのさ、ひとつだけ聞いていい?」
「!えっ…な、何…?」

ふと瞬木が私を抱きしめる力を弱める。それでもまた、瞬木の顔はすぐ目の前にあった。私は緊張と焦りがごちゃごちゃになったまま瞬木を見つめる。

「…何で隠してるんだ?女ってこと」
「!…っそ、それは…」

私は少しだけ視線を泳がせてから、また瞬木に視線を戻して口を開いた。

「女は…弱く見られる、から…」
「…ふうん」

瞬木は舐めるようにして私を見つめる。何も言わずに、ただジッと。しばらく時間が経ったであろう時、瞬木が言った。

「睫毛、長いよな」
「え?」

すると今度は未だに掴んでいた私の手首を持ち上げる。

「…やっぱり。女の手だ」
「っま、瞬木…」
「瞬が言ってたゆうは姉ちゃんって、森乃のことだよな」
「!!…瞬木、その時から気付いて…」
「あの時はまだ半信半疑だったけど」
「……そ、っか…」

そしてまた沈黙が流れた。
 うるさいくらいに騒いでいた心臓も次第に落ち着いてきて、私は薄く息を吐く。
(こんなことになるなんて…)

瞬木の私に対する態度が不可解だった理由がようやく分かった。そういうことだったのか、とスッキリした半面、これからどうしていけばいいのだという迷いがまた生まれる。


「…皆帆のことだけどさ」
「!…、」

突然和人の話題を降られて吃驚しつつ瞬木を見つめると、瞬木はどこか悔しそうな顔で言った。

「正直俺は、さっさと別れろって思ってる」
「!? なッ、」
「だって好きだから」

瞬木の不器用で真っ直ぐな言葉に戸惑ってしまい、何も言えなかった。どきどきと心臓がまた騒ぎ出す。しかしそんな私に追い打ちをかけるように、瞬木は私の頬に小さくキスをした。

「!っま、瞬木…!!」
「そんじゃーな」

私の顔なんて見ようともせずにすたすたと去っていってしまった瞬木に、私は驚かされてばかりだ。
未だに落ち着こうとしない心臓をぎゅっと抑えつけるようにしてシャツを掴む。(瞬木……)一体どれくらい時間が経ったのだろう。早くサッカー場に行かなくちゃ。そんなことを悶々と考えながらも、瞬木の真面目な顔がしばらくは頭から離れなかった。


 21040210