AIkurushii | ナノ
 時計は夜の10時を指している。
私は5分ほど前から和人の部屋の前に立ったまま、目の前のドアをノックするかしないか迷っていた。
部屋の中からは時折小さな物音が聞こえる。おそらく和人はまだ起きているのだろう。早く声を掛けないと寝てしまうかもしれない。私はそう思いつつも、なかなか声を掛けられないでいた。

「僕の気持ちも分からないのに」

あの言葉を思い出すたびに、ズキンと胸が痛む。和人は私を嫌いになっただろう。だけど私は和人を嫌いになんてなれない。思いきってドアをノックした。

「…和人、」

返事は無かった。

「開けるよ…?」

ゆっくりとドアを開けると、和人はベッドに横になっているようだ。さっきまで起きていたと思ったが、どうやら私が迷っている間にベッドに移動したのだろう。私は小さく和人を呼んで、肩を揺らした。それでも和人は起きない。

「………めん…」

和人の寝顔を見て、私は思わず泣きそうになってしまった。小さく鼻を啜って、和人の髪に触れる。(和人…)久しぶりなんかじゃないはずなのに、和人に触れるのがひどく久しぶりに思えてしまった。堪え切れなくなった気持ちが涙となって私の頬に一本の透明な線を作る。

「ご、めん…ごめんね、和人…っわたし、分かんないよ……」

私は和人の寝ているベッドのすぐ隣にへたり込んで、ベッドの端に顔を伏せた。不思議と涙は溢れてこない。だけどどうしようもない気持ちばかりが溢れて止まらなかった。私は手探りで和人の手を掴み、ぎゅっと握りしめる。

「和人…、かずと…っ」

掠れた声で和人の名前を口にした。すると、私が一方的に握っていた手が握り返されてそのまま強く引っ張られる。私は突然のことに抵抗する暇もなく和人が寝ている布団にダイブした。

「っ!?」

一体何が起こったのか分からず目を丸くしていると和人の顔がすぐ近くにあって、心臓が高鳴る。今までずっと閉じたままだった和人の目がうっすらと開かれて、私を見つめた。どきり。格好悪い涙を見られてしまって、心臓が止まってしまいそうになる。と、和人はまるで不貞腐れたような声で言った。

「やっぱり君は、ずるいよ」

その目も顔も声も、お風呂の前に話した時とは違う。優しくはなかったけど、決して冷たくもなかった。私は混乱したまま「え…?」と声を零す。和人は薄く溜め息を吐いてから言った。

「……僕がどんなに君のことを好きか、分かってるくせに」
「ど、どういうこと……?」
「僕に嫉妬ばかりさせる君が悪いんだ。…ずるいよ、本当にずるい」
「!」

和人はだんだんと悔しそうに目元を歪めて私から目を逸らす。
(もしかして……)
私は和人を見つめたまま問いかけた。

「和人…嫉妬、してたの?」
「うんしてたよ」

君は全く気付いてないみたいだけどね、と付け加えた和人は何だか怖いというよりは可愛かった。気付けばボロボロに傷ついていた心はゆっくりと元通りになっていって、私は和人の手をまた握る。

「…私だって、和人のことずるいって思う」

ぽつりと零した言葉に、和人が私に視線を向けた。

「私が好きなのは、和人だよ」
「そんなの、知ってるさ」
「! だったらそんな、嫉妬なんかしなくたって、」
「そっちこそ、僕だけ好きなら僕にだけ笑ってれば良いじゃないか」
「さくらは友達だよ」
「君はそうでも野咲さんは違う」
「…私がさくらを好きにならないこと、和人だって分かってるくせに」
「それでも不安になるこっちの気持ちも考えてほしいね」
「和人だって私の気持ち分かってない」
「分かってる」
「分かってるなら嫉妬なんかしないんじゃないの」
「それでも嫉妬するのが男だよ」

だんだんと言い合いになってきた会話が続き、ついには和人が冷静を取り乱して叫ぶように言った。

「僕はこんなに好きなのに…!」
「っ、私だって…好きだよ、和人の馬鹿!」

私たちは言い合いに必死になりすぎて乱れた息を整えながら睨み合う。しばらく沈黙が続いて、息も落ち着いてきた。無意識のうちにベッドの上で上半身を起こして言い合っていたことに気付いた私たちは、何だか可笑しくて思わず笑ってしまう。

「……和人に、嫌われたかと思った…」
「…嫌いになるわけないじゃないか」
「………うん、」
「……冷たくして、ごめん」
「……うん」
「…嫌いになんかならないから」
「…うん」
「好きだよ」
「私も、好き」

和人が優しく私を抱きしめた。私もそれに答えて和人の背中に手を回す。温かい。まるで今までの心の穴が全て埋まっていくようだった。


(下らないすれ違いは、私たちの愛を深くする)


 20140131