AIkurushii | ナノ
 あれからしばらく時間が経った気がしたが、実際そんなに時間は経っていなかった。私はお風呂に入るために部屋を出て、しばらく歩く。
 廊下を抜けて、生ぬるい空気に包まれた脱衣所に入ろうとドアに手を掛けた時だった。少し向こうに和人の後ろ姿を見つめて、私は目を丸くする。
(行かなきゃ…!)
考えるより先に足が動いた。私は和人の手を取って、その後ろ姿を見つめる。和人は何も言わずに振り向いた。少しだけ、暗い顔だった。

「…和人……」
「…何だい」
「っあ、あのさ…」
「うん」
「……そ、の…」

まずはごめんねと謝ろう。そう思っているのに、なぜか口が動かない。和人の声が冷たくて、不安になった。私が上手く言えずに戸惑っていると、和人は気遣うことなく口を開く。

「用がないならもう良いかな」
「…っ……ご、ごめん…」
「…何で謝るんだい?」

一見優しい台詞にも思えたが、冷たい声で和人は続けた。

「僕の気持ちも分からないのに」
「!、……」

それは、ひどく悲しい言葉だ。ぐさりと胸に刺さって、私は遂に何も言えなくなってしまう。そんな私を見つめた和人は薄く溜め息を吐き、私に背を向けた。
(行かないで)
言葉が頭に浮かぶのに、それが口に出せない。もどかしい。くるしくて、かなしい。こんなの私が夢見ていた恋じゃない。気付けば涙が溢れた。
 すたすたと去って行ってしまった和人の後ろ姿を見つめるよりも先に、私は両手で顔を隠して泣きじゃくる。私はなんて弱いのだろう。和人にも呆れられてしまった。一番嫌われたくない人に、嫌われてしまったかもしれない。

「うぁ……あ…っ」

小さく声が漏れた時だった。後ろから誰かが近づいてくるのに気付き、私は慌てて口を塞ぐ。静かな足音は私の少し後ろで止まる。




「皆帆と喧嘩でもした?」
「! っ……ま、たたぎ…」

いきなり言われた言葉に私は顔も隠さず振り向いた。するとそこにはやっぱり瞬木が立っていて、私は乱暴に涙を拭う。

「…お前らってさ」
瞬木はそう言いながら、涙を拭っている私の腕を掴んで反対の手で私の涙を優しく拭った。表情ひとつ変えずに、瞬木が私の目元を優しくなぞりながら「赤い」と呟く。何だか今日の瞬木はお兄ちゃんみたいだ。

「……やっぱいいや。何でもない」

瞬木は開いていた口を閉じて、じっと私を見つめる。そんな瞬木に私は首を傾げた。
(何だろう…)頭にハテナマークを浮かべると、瞬木がどこか一点を見つめていることに気付く。私はその視線を追おうとしたのだが、それは瞬木の言葉によって阻止された。

「ゆうははさ、」
「えっ?あ、ああ、何だ?」
「鈍感だな」
「はい?」


 20140131