AIkurushii | ナノ
(皆帆視点)



 ゆうははあの日を境に、よく笑うようになった。
元々温かくて優しい性格のゆうはには、不安な顔よりも笑顔の方がよく似合う。
僕とゆうはが付き合うことになってから、僕の生活はより一層ゆうはを中心にして過ぎて行くようになった。暇さえあればゆうはに会いにゆうはの部屋まで行くし、練習が始まる前、休憩中、練習が終わった後、僕とゆうははいつでも一緒にいる。もうそれが日常となっていた。
 そりゃあ四六時中一緒にいるわけではないけれど、確実に僕は他の誰よりもゆうはと一緒にいる時間が多いわけだから、チームメイトは少し驚いたような目で僕たちを見ていた。



「皆帆ー」

食堂で声を掛けてきたのはゆうはだった。怪しまれるといけないからチームメイトがいるところでは名字で呼び合おうと決めたのは僕だったけど、やはりそのもどかしさを感じながら振り向いてゆうはに笑顔を向ける。

「森乃君」

ゆうはは君付けで呼ばれることを全く気にもせずに、僕の隣に座った。
「今日の夕飯、ハンバーグだって」
ちょっとうきうきしたようなその目を見て、僕は小さく笑う。
「浦田さんのハンバーグは美味しいからね」
「うん。俺おばちゃんのハンバーグすごい好き」
「僕もだよ」

そんな他愛もない話をしていると食堂に入ってきた野咲さんがすたすたとこちらに歩いてきて、ゆうはの隣に座った。

「何の話してたの?」
にこにこと笑うその笑顔はどうやらゆうはにだけ向いているようだ。僕は少し不満を感じながらも「今日の夕飯がハンバーグだって話だよ」と答える。するとゆうはも続けて「そうそう、あとおばちゃんのハンバーグは美味しいよねって話も」と付け加える。

「私もハンバーグ好きよ」
「そっか、さくらもか」
「うん!」

わいわいと楽しそうにハンバーグの話題で盛り上がる二人を見て、僕は誰にも気付かれないように薄く息を吐く。
 野咲さんは確実にゆうはのことが好きだ。それに気付いているのはきっと僕だけではないだろう。ゆうはが気付いているかどうかは別として、その話は僕にとって良いものではない。

「ねえゆうき、後でさあ」

(ちがう)
僕は心の中でそう呟いて、両手でぎゅっと拳を作る。
ゆうきゆうきと嬉しそうに名前を呼ぶ野咲さんの声が、やけに目立って僕の耳に届いた。(違う、ゆうはは……)ゆうきじゃない。ゆうはだ。

 自分ですら抑えられないようなもどかしさと苛立ちと不満。僕は思わず席を立ち、部屋に戻ろうとした。しかしそれに気付いたゆうはが驚いて僕を止める。

「皆帆?」

何も気付いてない声だった。

「皆帆、どこ行
「部屋だよ」
「! ……そ、そっか…」

思わず冷たく返してしまって、心の中では反省したのに謝罪の言葉が出てこない。
 考えてみれば、ゆうはもゆうはだ。どこまでも鈍感な恋人に僕はため息を吐きそうになる。すたすたと食堂を出て行った僕を、ゆうははどんな目で見ているだろうか。僕にも分からないことはたくさんあった。予測できないこともあるし、推理したって分からないこともある。そのほとんどは、ゆうはに関係することだった。


(ゆうはは、ずるい)
僕がこんなにもゆうはを好きだということを、分かっているはずなのに。僕に嫉妬ばかりさせて、自分は楽しそうに野咲さんと笑って。だからゆうははずるいんだ。



 20140122
いつも余裕で大人びた皆帆も好きですが中学生の男の子らしい皆帆も好きです