AIkurushii | ナノ
 空野さんとの買い出しの後の練習は、何だかとても楽しかった。
今日は一段と調子が良くてキャプテンたちにも褒められて、嬉しい気持ちで一杯だ。練習が終わると、たくさんかいた汗を拭きながら私は食堂へと向かう。
しかし、
「森乃君」
突然誰かに声を掛けられて振り向けば、そこには皆帆が立っていた。
(!う…うわ、どうしよう)昨日の夜の瞬木との出来事を皆帆に見られてしまったショックはまだ残っていて、私は気まずさから目を逸らす。

「な、何だ?」
思わずぎこちない声で返してしまった。しかし皆帆はあまりそれを気にせずに、口を開く。
「今日は、すごく調子が良さそうだったね」
「あ、ああ、うん!絶好調だった」

私が無理な笑顔でそう返すと、皆帆はゆっくりと私に近づいて、私の手からタオルを奪った。そしてそのまま優しく私の額を拭いて、控えめに笑う。
「汗、ちゃんと拭かないと風邪引くよ」
「!っ…あ、ありが、とう」

どきどきと騒ぎ出す心臓を必死に静めながら皆帆にお礼を言った。私が皆帆の手からタオルを取り返して、少し乱暴に顔を拭く。すると皆帆はそれを見つめたまま、小さな声で「森乃君」と私を呼び、肩を掴んだ。
(!)

「…み、皆帆…?」
「昨日の夜のこと、覚えてる?」
「え、あ…ああ、覚えてる、けど…」

思わぬ質問に顔を熱くしながら私は頷く。皆帆は表情一つ変えずに、掴んだままの私の肩を近くの壁に押し付けた。突然のことに頭が付いていかず、私は焦って目を丸くする。皆帆を見つめても、皆帆は目を合わせてはくれなかった。

「あの時君は言ったよね…君を襲ったのが僕だったとしても、瞬木君の時と同じ反応をする、って」
「!…そ、そうだな…多分、同じ…」
「君の言葉、ぜひ本当か試したくなってさ。ちょっと付き合ってくれるかな」
「は、い…?」
「じっとしててね」

皆帆のその言葉を合図に、いきなり耳を舐められて私ははしたない声を出してしまう。

「っんぃ、な、なにっ、」
「声、出して良いよ」
「ん、ひあ、あっ」

昨日の夜瞬木にされたことが頭にちらついて、顔が一気に熱くなった。しかし皆帆はそれに気付いているのかいないのか、ただひたすら私の肩をがっちりと掴み耳を舐めまわしてくる。ぐちゅぐちゅと耳から脳にまで響く水音が、くすぐったくて恥ずかしくて、耐えられずに私は皆帆の胸を強く押した。しかし皆帆は離れない。

「っみ、みな、ッひあ!んんうぁ、や、やめ、皆帆…!」
ついに耳の中に舌が入り込んできて、そのままかき回された。びくびくと身体が震えて、足はあと何秒もつか分からない。そんな状態の中、私が必死になって皆帆に抱きつこうとした時だった。
 するりと皆帆の生ぬるい手が私のユニホームの中に入ってきて身体が固まる。(う、うそ、)思わず泣きそうになって、強く目を瞑った時だった。

「森乃、くん、」
「!」

服の中に入ってきた手はいつの間にか私の背中に回っていて、優しく抱きしめられたのだ。
「…み、なほ…?」
私が唖然とした声で皆帆を呼ぶと、返事は返ってこなかった。しかし皆帆はゆっくりと私と目を合わせて、真剣な顔で言う。

「本当は…分かってたんだ」
「、え…?」

何を言っているのかは分からなかったけど、何となく、勘付いてしまった。
しかしそれは次の皆帆の言葉により、確信に変わる。



「森乃君が……いや、森乃さんが、女の子だってこと」



 それは、絶望的だった。
皆帆は私が女であると気付き、分かっていた上であんなことをしたのか。あまりの羞恥に涙が溢れる。ぼろぼろと私の頬を伝い落ちていく涙を見て、皆帆は慌てたように私の涙を手で拭った。

「……ごめん」
「っなん、で…」
「こんなことして、ごめん」

許すだとか許さないだとか、今はそんなことは関係なかった。ただただショックで、皆帆の気持ちが何一つ分からなくて不安で、私は泣き続ける。しかしそんな私に皆帆は言った。

「…嫉妬、してたんだ」
「… え……?」
「瞬木君が、君にあんなことをしているのを見て…ずるいと思った」
「!!」
「悔しいけど、僕だって男だからね。好きな人を取られるのは、つらいよ」
「…それ、って……」

いつの間にか涙は乾いていた。その代わりに、心臓の音がだんだんと大きくなっていく。皆帆の顔を見つめたまま、私は顔を真っ赤にした。ゆっくりと皆帆の顔が近づいてきて心臓が高鳴る。
 皆帆が優しい顔で、言い切った。

「君が好きだ」
「っ、」
「僕の前では、ちゃんと本当の君でいてくれないかな」

どこか照れ臭そうな皆帆の顔に嬉しくなり、私は皆帆の胸に顔を埋めて、必死に頷く。

「わっ、わたし…っ私も、好き」

すると皆帆が私の顔をすくい上げるように両手で触れ、そのままキスをした。

「これからは、僕だけを見ててよね」
「前から、皆帆のことしか見てないよ」

苦笑しながらそう言うと、皆帆は少し吃驚したように目を丸くしてから、すぐに真っ赤になって「そっか」と返す。
しばらく私たちは抱きしめ合い、お互いを強く感じた。

(皆帆…、)
皆帆の身体は、とても温かくて安心する。いつも皆帆は私が困っている時に助けてくれた。好きと、言ってくれた。私が嘘を付いていたことを、怒ったりしなかった。
(皆帆は、やさしい)
そんな皆帆のことが、大好きだ。


「ねえ森乃さん」
「な、なに?」

皆帆に"さん付け"で呼ばれるのにどこか違和感を感じながら聞き返すと、皆帆は言う。

「森乃ゆうは…これが、本当の君の名前だよね」
「っ! な、何でそれ…」
「瞬木君の弟が君のことを"ゆうは姉ちゃん"って呼んでたのがずっと気になってたんだよ。あの時の君の反応は、どこか焦っているように見えたからね」

そう言って満足げに笑う皆帆に、私は唖然とする。
やっぱり皆帆は、頭も察しも良い。完全に油断してしまっていた。

「どうかな、僕の推理は」
「…ほんと、敵わないよ…」
「ゆうは、」
「!」

皆帆はそっと私の手を握り、手の甲にキスを落とす。


「大好きだよ」



(やっと繋がった、私と貴方の気持ち)


 20140116