AIkurushii | ナノ
 私が条件付きで参加することになったサッカーチームは、結成早々「最悪のイナズマジャパン」と罵られた。
雷門中学校のサッカー部から選抜された松風天馬と神童拓人と剣城京介という三人以外の選手が、私も含め"全くサッカーを経験したことがない"のだ。そりゃあ最悪だの何だの言われても仕方がないだろう。
ただの恥晒しとも言えるであろうエキシビジョンが終わってすぐに合宿があると説明されていたため、家のことは父親に任せて私は合宿が行われるお台場サッカーガーデンへと向かった。

自動ドアを抜けると、そこに広がるサッカー場に私は吃驚して足を止める。(サッカー場ってこんなに広いんだ…)
 すると、ふと目に入ったのはオレンジ色の髪をした人と白い髪のゴールキーパー、そしてピンク色の髪を綺麗にまとめた可愛らしい女の子だった。私は思わず真っ先に女の子に話しかけようとしたが、自分が男装をしていることを思い出し「いかんいかん」と更衣室へ足を進める。
女子更衣室と男子更衣室の分岐点に立ち止り、私はどっちに行くべきか悩んだ。一応男としてここに来ているのだから、男子更衣室に入るのが普通だろう。しかしユニフォームに着替えるためには今来ているジャージを脱ぎ、下着姿にならなければならない。私は相当悩んだ挙句、トイレで着替えることにした。
しかし私が男子トイレに入った途端、中から出てきた人にぶつかってしまう。私もその人もお互いに気付いていなかったため、ぶつかった時の衝撃は大分強かった。

「!」
「っと、ごめんね」

落とした視線を上げると、その人は私よりも幾らか背が高い茶髪の人だった。たしか、瞬木…とかいう人だったと思う。彼もまたイナズマジャパンのユニフォームに身を包み、心配そうに私を見つめた。

「あ、ごめん…大丈夫です」
「そっか、それなら良かった」
そう言って優しく笑う瞬木?は、かなり優しい人なんだと思う。瞬木はまた私を見つめてから、「森乃だよね?」と問いかけた。

「あ。うん、森乃ゆうき」
「やっぱりそっか。俺は瞬木隼人。よろしくな、森乃」
「ああ。よろしく、瞬木」

握手を求められたから一応握っておいた。僕の手より全然大きいその手に少し吃驚したが、それは彼も同じらしい。
「森乃の手、すごい小さいね」
「えっ?そ、そう?」
「うん。なんか丁度良いサイズ」
そう言われて思わず肩が上がる。すると瞬木はハッと気付いたように「あ、ごめんトイレ行くのに邪魔しちゃって」と申しわけなさそうに笑う。

「ううん大丈夫」
「あれ?もしかしてトイレで着替えるの?」
「え?あ…ま、まあね」
私が持っているユニフォームに気付いた瞬木が不思議そうに首を傾げた。
「更衣室あるんだからそっち使ったら?」
「いやトイレで良いんだ」
「そう…?」
「あ、ああ」
「それなら良いけど…あ、森乃これから合宿頑張ろうね」
そうして笑う瞬木に安心して「うん」と返せば、瞬木は小走りでグラウンドへ戻って行った。僕も少し速足でユニフォームに着替える。

 グラウンドに戻ってしばらく自主練を続けているうちに全員揃ったらしく、集合をかけられ自己紹介を行った。
順番に自己紹介が進み、神童さんの機嫌もそれに比例してだんだんと悪くなっていく。そして私の番がきた。あまり注目されるのは好きではないが、自己紹介ならば仕方がない。

「森乃ゆうきです。美術部に入ってました。えっと、サッカーは未経験です」

あー、私の「美術部」という言葉に神童さんの目元が歪んだ。そりゃそうだ。瞬木のように陸上をやっていたならまだしも、美術部なんて思いきり文化部だし体を動かす機会なんて無いに等しい。キャプテンが場の空気を和ませようとしたのか「美術部かぁ。ってことは絵上手いんだ!?」と質問をしてくれたが、神童さんは私の回答になんか興味なさそうに黙りこんでいる。

「あ、うん…そこそこは描けるけど、そこまでじゃないよ。絵を描くのが好きなんだ」
私が控えめに笑ってそう答えると、キャプテンは笑い返してくれた。しかし神童さんの表情筋は微動だにもしない。私はそんな神童さんから目を逸らし、よろしくお願いしますと付け加えた。どうやら自己紹介は私で最後だったようで、私の口が閉じた瞬間に神童さんは「コーチ! このメンバーの選定基準は!?」と怒鳴るようにコーチに問いかける。するとコーチは"黒岩が選出したため自分はこの決定に口出し出来ない"ということを忌々しげに語った。ますますその場の空気が重くなる中、黒木監督と青い髪の女の子が現れた。

「雷門中サッカー部マネージャー、空野葵です!」

その声を聞いたキャプテンはとても嬉しそうに彼女に駆け寄る。どうやら空野さんは雷門イレブンのマネージャーらしい。元気いっぱいで楽しそうに会話をする二人を見て何だか安心した。キャプテンもそうだけど、マネージャーの空野さんも良い人そうだ。

 それからはキャプテンの指示でランニングが始まった。
私は運動などほとんどしないが、普段の家事で身に付いた体力が味方しランニングを軽くこなしていると隣を走る井吹が驚いた顔で私に言う。

「文化部なのに意外と体力あるんだな」
何だか馬鹿にしたような台詞だが井吹の顔を見る限り馬鹿にしているというよりは褒められた感じがしたため私は笑顔で返す。
「ありがとう。井吹は流石バスケ部って感じだね」
すると井吹は「まあな」と言って笑った。そういえば、名前は井吹で合ってたかな…?

「あのさ、名前、井吹で合ってるよね?」
「ん?ああ、合ってるぞ。お前は確か森乃だったか」
「よかった。うん、森乃ゆうきだよ」
「そうか。よろしくな、ゆうき」
「!…ああ、よろしく」

突然名前で呼ばれて吃驚したが、ゆうきは男装してる時だけの名前だからあまりピンとこない。しかし絡みにくそうに見える井吹からのフレンドリーな対応に救われた。意外と上手くやっていけそうだ。

 それからも練習は続き、今日の練習メニューが終了した頃にはさすがに疲れが溜まり歩くのが少しだけ辛かったが、スタジアムに隣接された合宿所に向かう途中に瞬木が気さくに話しかけてくれたため疲労が少し和らいだ気がした。
合宿所に着いた私達を迎え入れてくれたのは、浦田さん(通称おばちゃん)。にこにこと陽気な笑顔が何だか光り輝いて見える。こうして合宿が始まって初めての夜が訪れた。


 20130817