AIkurushii | ナノ
 今日の練習は午後だけだと知らされて、私は午前中に何をしようか考えていた。
最近は絵も満足に描けているし、できれば今日くらいは他のことをしたい。だけどやりたいことが何も浮かんでこなかったから自主練でもしようかと思いサッカー場へと向かっている最中のことだった。

「森乃君?」
「!」

後ろから突然声を掛けられて驚きながら振り返れば、そこにはお財布を持った空野さんが立っていた。多分、午前中のうちにマネージャーの仕事である買い出しにでも行くのだろう。(空野さんは偉いなぁ)私たちのためにすごく熱心に仕事をしてくれる。私がそんなことを思いながら「空野さん、これから買い出し?」と尋ねると空野さんは笑顔で頷いた。

「うん、そうだよ。今日は買う物がいっぱいだから大変なの」
「! じゃあ俺、手伝うよ」
「えっ、でも午後も練習あるんだから疲れさせちゃ悪いし…」
「いいのいいの。女の子一人で重い荷物持つの大変だろ?」

(とか言いつつ私も女なんだけど…)まあそんなことは置いといて。
空野さんは少し悩んだ末に、「じゃあお願いしようかな」と言って笑う。私たちはサッカーガーデンを出て商店街に向かった。






 買い出しのついでに寄り道ばかりしていたら二時間ほどかかってしまったが、私たちは無事に買い出しを終えてサッカーガーデンへの道を歩いていた。

「森乃君、ありがとね!すっごく楽しかったよ!」
「ああ、こちらこそ!一緒について来て良かった」
「ふふ。ねえ森乃君」
「ん?」

空野さんはにこにこと笑って、私に隠しながら紙袋の中を探る。
(…?)私が首を傾げてそれを見ていると空野さんは楽しそうな声で「じゃじゃーん!」と言い、可愛く彩られた造花を私の目の前に差し出した。

「! これって…」
「今日のお礼だよ。森乃君、よく絵描いてるでしょ?よかったらそのモデルに使ってほしくて!」

笑顔を絶やさずにそう言いきった空野さんは、唖然とする私の手に造花を握らせて少し照れくさそうに笑う。(お礼……)私は嬉しくて思わず満面の笑みを浮かべた。

「ありがとう、空野さん。すごい嬉しいよ!」
「そっか、良かった!こちらこそ、ほんとにありがとね!」

 イナズマジャパンの皆は本当に良い人たちばかりだ。
優しくて、温かくて。いつだってここには笑顔ばかりが溢れているようだった。私はこの人たちを心の底から大切に思い、造花を優しく握りしめる。

「俺、サッカー好きになってよかった」
「!」

無意識に零れた本心に、空野さんは目を丸くした。だけどすぐに笑顔になって、「私も」と言う。

「最初はね、ちょっとだけ不安だったの」
「最初?」
「うん。未経験者ばかりのチームの中でも天馬たちなら大丈夫って思ってたけど、やっぱりどこか不安だった」
「…!」

(そうか…そうに決まってる)
空野さんはそれこそいつだって笑顔で皆を支えていたけど、本当はすごくすごく不安だったのだろう。それを今初めて聞いて、私は、胸が苦しくなるのを感じた。
(だけど、今は……)
「だけど今はね」

(!…)私の心の声と空野さんの声が重なって、私は思わず顔を上げる。同じくらいの目線の空野さんが、本当に嬉しそうな声で言った。

「もう皆、こんなに強いから」
「!」
「不安なんて、どっか行っちゃった!」
「…ああ、そうだな!」

もう、参加条件なんかどうでもよくなっていた。確かに私は将来の夢を叶えるために不本意ながらサッカーを始めた。だけど、今は違う。私には、将来の夢と同じくらい、いやそれ以上に、大切なものができた。


(それは、かけがえのない仲間)


 20140109