AIkurushii | ナノ
※少し過激な表現があります。




 夜。
どうやらおばちゃんが腰を痛めたらしく、私は代わりに皿洗いをしていた。
時間はもう9時半を過ぎていて、誰もいない食堂にはカチャカチャとお皿がぶつかり合う音と時計の音だけが寂しく響く。
そろそろ皿洗いも終わりそうな時だった。静かな足音が廊下の方から聞こえてきて、食堂の前で止まる。誰かと思いドアの方を見つめると顔をのぞかせたのは瞬木だった。

「!瞬木…」
「何やってるの?」
「おばちゃんが腰痛めちゃってさ、代わりに皿洗いうやってるんだよ」
「へえ…」

すると瞬木はこちらに歩いてきて、近くの椅子に腰を掛け私を見つめた。

「ま、瞬木…?どうかした?」

 瞬木とは前のトイレでのこともあり、少しだけ気まずい。できれば自分の部屋に戻ってほしいのだがそんなことは言えずにいると瞬木が平然とした顔で言った。
「いや。何となくゆうきのこと見てたい気分なんだ。俺のことは気にしなくていいよ」

(どういうことなの…)瞬木の言っていることがよく理解できずにいると、瞬木は笑顔で私を急かす。

「ほら、続けて?」
「…う、うん…」

何だか納得いかずに皿洗いを再開した。
 しばらくお互いに何も喋らず時間が過ぎていく。カチカチ、カチャカチャと時計とお皿だけが静寂を紛らわす中、私が何とも気まずい気分でいると急に瞬木が立ちあがり私の後ろに回ったのだ。何かと思い振り返ろうとした瞬間、後ろから覆い被さられ吃驚して手が止まる。

「っな、なに…ッ」

言い終える前に後ろからがっしりと両手を握られ、私の手に付いていた泡が瞬木の手にも付いてしまう。
「ゆうきってさ、なんか違うんだよね周りの男と」
いつもより低い瞬木の声が、耳元で聞こえた。

「ねえもしかして、ゲイだったりする?俺そういうのすごく興味あるんだけど」
「!?っ、は…!?」

思わぬ質問に大きな声を出てしまう。「違う!」と否定すれば瞬木は何も言わずに私の耳にかじり付いた。
(!!?)
「み、耳…っやめ…やめろ、!」
「…女みたいな声」
「なっ…!!」
「普段から声高いなとは思ってたけど…その声もっと聞かせてよ」
「っん、ぁっまた、たぎ…!ひぃ、っ!」

瞬木の考えていることが全く分からない。かじかじと甘噛みを繰り返され、その刺激に足がすくんだ。(っ耳、弱いのに…!)抵抗すればするほど強く抱きしめられ、逃げられなくなってしまう。瞬木の前では男を演じなければいけないのに、こんなことをされては高い声しか出てこない。
 あまりの刺激に上手く息ができなくなり、遂には瞬木の舌が耳の穴に入り込んできた。
「っ、!?」
だんだんと恐怖に縛られていく中、ふとアルコールの匂いがした気がした。



「はい、そこまでだよ」



 突然横から聞こえた声に、私は正気に戻り目を丸くする。(この、声は…)声の聞こえた方を見ると、そこには険しい顔をした皆帆が立っていた。(いつの間に…!)
「み、皆帆…!?」
その瞬間、瞬木の意識がぷつりと途絶えて私に寄りかかってくる。

「っ、と…」
やっぱり、瞬木からはアルコールの匂いがする。何というか、酒臭い。すると皆帆が呆れたような口調で言った。

「どうやら今日の夕食に使われたアルコールが原因だね」
「え…?」
「運悪く瞬木君のお皿にだけ分量ミスで多量のアルコールが使われてしまったんだと思うよ。夕食が終わった時から、顔が赤いように見えたから」
「! そ、そっか…酔ってたんだな…」
「うん。それより、大丈夫かい?」
「えっ?」

皆帆の的確な推理に関心して、つい先ほどまでの行為を忘れてしまっていた私は皆帆にそう言われてハッとした。
「汗、かいてるよ」
私を気遣うような皆帆のその言葉に、顔が真っ赤になるのが自分でも分かる。
助けてくれたとはいえ、あんなものを皆帆に見られてしまったショックと羞恥。皆帆の顔が見れずに俯くと、自然と謝罪の言葉が口から零れた。

「…ご、ごめん…変なもの、見せて」

すると皆帆は「森乃君は悪くないでしょ?それに、森乃君が無事で良かった」と言う。私が「ありがとう」と返そうとすると、皆帆は私にグッと顔を近づけて意味深に笑った。

「随分と敏感なんだね」
「っ、!?」

まさかそんなことを言われるとは思っておらず、これでもかというほど顔に熱が集まる。(恥ずかしい、恥ずかしい…!)できるものならいっそ泡になって消えてしまいたい。

「君は知れば知るほど興味深いよ」
「っな、何言って…!」

思わず顔を上げて皆帆を見ると、優しい笑顔の皆帆と目が合った。

「…!!」
「やっと、目を合わせてくれたね」
「み、皆帆…」
「ねえ」

皆帆は今度はやけに真面目な顔で、続ける。

「さっきのが瞬木君じゃなくて、僕だったとしたら…君はさっきと同じ反応をしてたかい?」
「え…?」
「答えてよ」
「っそ、そりゃあ…同じ、だと思うけど…」
「そっか」

にっこりと笑う皆帆に、私は安堵からゆっくりと肩を落とす。
 皆帆はどこかおかしくて、何を考えているのかさっぱり分からない。だけどそんな皆帆のことを、私は好きになってしまったんだ。

「っみ、皆帆…」
「ん?何だい?」
「あ、えと……なんか最近、その…」
「?」
「…避けて、ごめん……」

いくら恥ずかしかったからとはいえ、私は皆帆を避けて周りに余計な心配をかけてしまっていたのだからそれは謝るべきだろうと思い皆帆にそう言うと、皆帆は少しだけ嬉しそうに笑って言った。

「今こうして、僕の目を見てくれてるんだから、僕はそれだけで十分だよ」
「! っ、」

あまりに優しいその言葉に、私の顔はまた熱くなる。
(ああ、だめだ、これじゃあ…)私はもっともっと、皆帆のことが好きになってしまうじゃないか。

「それじゃあ、瞬木君は僕が部屋に連れて行くから」
「あ、ああ…ありがとう、皆帆」
「どういたしましてだよ」

私の肩にもたれかかった瞬木を今度は皆帆が支え、体に掛かっていた重圧がスッと消える。皆帆がさっきよりも静かな声で言った。

「おやすみ、森乃君」
「おやすみ、皆帆」



(未だに鳴りやまない胸の鼓動が、瞬木との行為のせいか、それとも皆帆のせいかなんて考えなくとも分かった)




 20140105
某短編のネタと少し被ってしまったようにも思えますが、そこには触れないで下さいお願いします…(土下座)